A tale of Erebor

□三章、彼の背を追って
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ローハンの平原を渡り、アンドゥイン川を遡ったネルファンディアは、どの遥か遠くの頂きもエレボールに見えて仕方がなかった。実際何度か山を越えるのでここから見えるはずはないのに、彼女はいつも自室から見える懐かしいあの場所を探していた。いや本当のところ、そもそも自室から見えるあの頂きさえ、違う気さえしていた。振り向くと、遥か遠くに確証を持ってこれだと断言出来る山が見えた。そう、命を持つものが最も恐れ、存在さえ出来ないのではないかと疑うモルドールの滅びの山だ。煌々と燃え盛る火口を目を凝らして見れば、あのバラド・ドゥアの塔がはっきりと浮かび上がるようだまた奴────サウロンの目と向かい合うような感覚に陥った彼女は恐怖と嫌悪から目をそらし、旅路を急いだ。


裂け谷は相変わらずの美しさと平和を保っており、迎え出たエルロンドの召使いも60年前から何一つ変わっていない。ネルファンディアが着くことを予め予見していたかのように現れたエルロンド卿は、ガラドリエルとサルマン、そしてガンダルフの分が空いた会議席に着くと、彼女にサルマンの席に着くように促した。それがこの世界には既に自分の知っている父が存在しないことを残酷にもはっきり示しているような気がして、チクリと彼女の胸が痛んだ。
「ガンダルフは我が父に捕えられました。彼は私に今起きている恐ろしいことの一部始終を伝えて下さりました。これら全てが真なら、中つ国の自由存亡の危機ではないですか」
ネルファンディアは出来るだけ冷静に努めたが、それでも事の重大さと焦り、そして不安が彼女の口調を心なしか早めた。エルロンドは察してため息をつくと、彼女の心を落ち着けるために飲み物を渡した。
「……これでも飲みなさい。」
「ありがとうございます」
しばらくして平静の彼女に戻ったと見た彼は、部屋に迷い込んできた木の葉を手に取り、眺めながら人事のように呟いた。
「サルマンの裏切りは、白の軍勢──引いては中つ国の民にとって大きな痛手だ。だが、力の指輪を壊すことが出来れば、全てが終わる。」
「それがやつの手に渡ればまた然り、ですね」
エルロンドは60年前とは違って物事を見据える力がついたネルファンディアに驚いた。そして、この大人びた表情の代償として、彼女が愛する人を失ったことも思い出した。彼は限りある命の残酷さに身震いすると、彼女に腰掛けるように促した。
「既に会議の招集は始まっている。人間、エルフ、ドワーフ…すべての代表者が集う。」
「ドワーフ………エレボールの者も、来るのですか?」
「ああ。グローインの息子、ギムリがやって来る」
グローイン。ネルファンディアは目を閉じて彼のことを思い出した。レゴラスに醜いと揶揄されても黙っていたあの家族思いのグローインだ。彼女は旅の仲間の子孫が生きていることを知り、心から喜んだ。そして、ふと気になった。
「……トーリンなら、私にこの件にどうやって関われと言うでしょうか?」
エルロンドはトーリンと聞いて哀愁の念を感じずにはいられず、ネルファンディアから背を向けて返事をした。
「ああ……そうだな。彼なら、自分が正しいと思う道を行けと言うだろうな」
彼女はその言葉を聞いて、エレボールの方角に目を向けた。
───トーリン、私は……
ネルファンディアはあのときのようには決定できなかった。あのときは、本当に自分は若かった。今も若いと言われればそれまでだが、もうすべてのことに内心疲れていた。
 彼女はあの時と同じ部屋に通されると、裂け谷の変わらぬ風景を懐かしんだ。だが、以前に増して枯れ葉が増えている。
「……中つ国の、終焉………か」
エルフの力が弱まっている証である変化に、ネルファンディアは相変わらず自由の民の無力さを感じた。あのときと同じ無力感にさいなまれた彼女は、それに耐えきれず部屋を出た。あの時と同じように外へ出た彼女は、そこでもトーリンとの思い出に蝕まれている自分を見つけた。
……美しい服だな。召使いにしては
「……本当に、あなたは失礼だったわね」
彼女はトーリンの指輪を取り出すと、それを眺めながらぽつりと呟いた。今から思えばどれもこれも愛情の裏返しだったのだと気づくことが、余計に悲しくて耐えがたかった。
───私、ドワーフが好きになりました!
いいえ、本当はあの時嘘をつきました。ドワーフではなく王子様、あなたを好きになりました。私は、どうしようもなくあなたをお慕いしていました。
思い起こせば考える以上に幸せな出来事も多かったことに気づいたネルファンディアは、いつのまにか心地よい懐慕の念に浸っていた。だが、それを壊す“動”が裂け谷にもたらされた。
「誰か!助けて!この小さき人が死んでしまうわ」
エルフ語ではあったものの、その声に聞き覚えがあった彼女は、騒ぎのする方向へ向かった。すると、そこにはエルロンドの娘、アルウェンが居た。2700歳であり、エルフにしてはそこそこの年長者だが、それもネルファンディアの5000歳と比べれば何のことはない。
 彼女はネルファンディアに気づくと、血相を抱えて駆け寄ってきた。
「ネルファンディア!!ネルファンディア!私のメルロン(友)。どうか助けてください。」
「アルウェン………一体どうしたのですか?」
「この者……フロドが、モルグルの剣を受けました」
彼女はすぐにフロドと呼ばれたホビットの傷を見た。思った以上に深い刺し傷に、ネルファンディアはキーリが受けた矢を思い出した。あのときは、弓矢だったのでアセラスを用いてタウリエルが簡単に救ったが、今回はナズグル直々の剣なので訳が違う。彼女が険しそうな表情をすると、アルウェンはより不安そうな顔を向けてくる。彼女は出来るかわからないがと断りを入れた上で、この小さき人を救うために自室へと運び込むのを指示するのだった。
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