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□日常に潜む闇の住人達
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私と王子様の出会い



あの日はすごい雨が降って。
傘を持っていない私が外回りの途中にずぶ濡れになったのはいうまでもない。

駆け足で商店街のシャッターの閉まったお店の前に駆け込む。

あの会社の受付嬢外雨が降りそうな空を見てるんだから来客用のビニール傘くらいくれてもいいじゃん、と心で悪態をつきながら。


水が滴る前髪をかきわけて耳にかける。
バッグの中にタオルが入っていないか探したが、あいにく持っていた小さなハンカチもビショビショだ。


はあ。


腕時計を見ると2時40分。

4時からの会議までに戻らなければならないのに。
こんなみっともない姿では上司の前に立たないじゃないか。

途方にくれて雨の降り続ける空を見上げた。


ああ、無情にも止む気配はまったくない。秋口にこんな夕立ちみたいな雨が降るなんて珍しいのに。
ましてやたまたま外回りで出ただけなのに何でこう、運が悪いかなぁ。

自分のタイミングの悪さを呪いながらとりあえず近くのコンビニで傘とタオルを買わなくちゃ、と思い飛び出す心構えをする。


濡れてるのは仕方ない。
とりあえず戻って会議の時はジャケットを脱いで椅子にかけてあるカーディガンを着よう。

意を決して外に飛び出す。




グイッ




「待て」





濡れた腕に感じた感触。
そのまま力任せに引き寄せられて、誰かの胸に抱かれる。




「まだこんなに降っているんだ。もう少し休んでいけ」



凛々しい耳に響く美しい声。
状況が分からないけど自分が今どういう風になっているのかが想像できた。
顔に熱が集まるのを感じながらゆっくり上を見ると。



こちらを射抜くような目で見てくる絵のように綺麗な人。
日本人にはない顔の彫りの深さや、綺麗にウェーブのかかった茶色の髪が、更にこの人の現実味をなくしていく。

まるで。

そう、まるで絵本の中の王子様が出てきたみたいだ。

あまりの美しい顔に見とれていると、整った顔が私に微笑む。



「ほら、これを使え」



ボフッ



私の頭にすごくいい匂いのするタオルをかけてくれた。
そして力強く拭いてくれて。

私はただこの状況が飲み込めないのと現実味のない存在に思考が停止してされるがまま。

こんなに綺麗な人って、本当に存在するんだなぁ。

なんて呑気に思いながら。
その人が私の頭を拭きながら言った。



「人間のお嬢さん。急いでいるようだがどちらへ?」



その言葉に頭が現実に戻された。
その人に抱きしめられていた体を引き離し、頭を下げてお礼を言う。



「ぁあ、すいません!!!タオル貸して頂いて・・・洗って返します!」


その人の手にあるタオルを取ろうとすると、ヒョイっとかわされた。



「え、えぇええ?!あ、そうか、また会う事ないかもしれないですよね。ただお借りしただけでごめんなさい・・・」


「もう再会するつもりはない」




その言葉にガクン!と体が崩れるような感覚になった。
なんでわざわざタオルで拭いてくれたんだ?もしかして私に好意・・・いやいやないない。ただのいい人なんだ。
でも勘違いするのは仕方ないくらいとっても親切にしてくれた・・・




「私は今、これからどこに行くかと聞いたんだ」



よく漫画であるように。
私の顎を、長くて綺麗な指でクイッと持ち上げた。

あまりの顔の近さに一気に羞恥で視界が赤くなるくらい、まさに沸騰しそうだった。

目の前には、目に入る全てがその人でいっぱいで。

綺麗な茶色い目で私をただ、見つめる。



「お前がこれから向かう先は、」



彫刻のように美しい唇が綺麗な低い音を出す。




「本当に、望んで、自分が必要としている場所なのか」




最近は仕事ばかりで飲みにも行ってなかったし、映画やドラマだって疲れ切って見る余裕なんてなかった。




「・・・会社に戻ろうとしてました」



「本当に戻ろうと思っていたのか」



「え・・・・?」




「人間は皆そうだ。心のどこかで、今この世界がひっくり返ればいい。何かが全部変わればいいのに。・・・そう思って、願っている」





確かに、そう。
毎朝思う。

あー、仕事行きたくないなぁ。
休みたい。休んじゃう?
私いなくても成り立つし。
私がいなくなっても世界は回るし。

そんな突拍子も無いことを考えながら身支度を整えて、家を出る。





「私は、そんなお前の心に呼ばれてここに来たんだ」



「ぁ、貴方は、・・・一体、誰?」




右手の袖からチラッと、何かが反射して光る。
その人の口角が片方だけ上がって上品な笑い声が聞こえた。




「私の名前はホック。・・・・・・お前を、闇に誘いに来た」







彼らはいつも、闇に潜んでいる。

私達人間の乾き切った、疲れ切った心を探して漬け込みに来る。

日常の中にいつも闇が息を潜めて。


そして、その怠惰で美しい力に魅了されたら。


逃げられない
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