Fate/Void 第二次リアルワールド聖杯戦争
□攻防、逃走、ジェットコースター
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「マスター、息を潜めて」
「あっはい」
頼む、誰かまともな説明を頼む……!
アーチャーの腕の中にいる少女、四月一日仄は切に願った。
話は少し前まで遡る。
コスプレではなく本物らしいランサーのクー・フーリンとマスターらしき少女、四月一日仄を『マスター』と呼ぶアーチャーのエミヤ。その三人の間では火花が散っていた。
「ならばアーチャーと呼ばせてもらうよ。アーチャーさんや、そこをどいておくんなまし」
「ハハハ、舞妓さんの真似事かい?ずいぶん嫌な舞妓さんだ」
「いいからどけよ弓兵」
「退かないといっているだろう?」
少女、四月一日仄はフリーズしていた。
いや、フリーズしてたというよりも腰が抜けたという方が正しいのかもしれない。その上、脳が情報処理仕切れておらずキャパオーバーしている。
目の前で繰り広げられる皮肉とブラックジョークについていけない。しかも、ランサーとアーチャーはずっとつばぜり合いを続けているのだ。
「しかしマスターの身体が冷えてしまうのも良くないのでな…失礼する!」
「!」
瞬間、アーチャーは槍を弾きランサーの構えを解いた。がら空きとなった胴体に蹴りが入りランサーが吹っ飛ぶ。
「ガッ!!!」
「ちょこっちくんなァァァァァァ!!!!」
「行くぞマスター!」
「えっうわぁう!!?」
勢いよく飛んでいくランサーの先にはマスターの少女が。四月一日仄は「人間ってあんな飛ぶんだぁスッゴオーイ」などと現実逃避した。
四月一日仄をマスターと呼ぶアーチャーは彼女を引き寄せたかと思うと、滑らかな動作で膝裏と背中に手を回し持ち上げた。横抱き…いわゆる『お姫様抱っこ』である。
「アーチャーさんんん!?」
「掴まっててくれ、あと口を閉じろ、舌を噛むぞ」
力強く地面を蹴り、空に飛び上がる。
「まずはあの二人をまかなくてはな、寒いだろうが堪えてくれ、マスター」
四月一日仄は舌を噛みたくはないとコクコクと必死に頷く。スクールバッグを片手で持ち抱き寄せ、そして申し訳程度にアーチャーの服を握りしめた。
アーチャーは屋根に乗ると、ヒョイヒョイと屋根を足場に跳んでいく。自転車に乗ってる時よりも冷たい風が身体にあたった。
「一旦身を隠すぞ、失礼」
「さぶっ!?」
近くの山に着いたかと思えば、アーチャーは四月一日仄が首に巻いていた黒のストールを剥ぎ取った。冷たい空気に晒されて鳥肌がたつ。
何かを探すように周りを見渡しているアーチャーに、四月一日仄は首を傾げた。
「…ふむ、ここだな。来てくれ」
「は、はい?」
理解できないことが続くが、何もわからない四月一日仄は従うしかない。アーチャーに近づいた。神社の周りにある枯れ葉だらけの林、そこの小さな生け垣のあるところだ。
どうするのかと思っていると、大きめの布をアーチャーは投影した。それを彼は地面にふわりと被せる。そして指差した。
「ここに寝てくれ」
「ごめんちょっと何いってるかわかんないですねぇ」
「早くしてくれ、あの二人に追い付かれては堪らない」
「逃げ回ってちゃだめなんですか」
「あの魔術師は恐らく魔力探知に優れている、ここで巻かなければダメだ」
「だったら隠れる意味はぁあ!?」
「静かに、山に入ってきたようだ」
そして少女は地面に転がされた。
上にアーチャーが覆うように重なるが、地面とキスするように転ばされた少女はトキメキもキラメキも感じない。むしろ頭にきている。いくらイケメンでも許されないことはあるのだ。四月一日仄は素直に泣いていい。
そして冒頭に戻る。
目の前に広がるは黒い布。しかし、表面は砂利のせいで凸凹としておりはっきり言って痛い。「このような地面の上をローリングして泣かないとは自分は………もしや神?」などと現実逃避をする四月一日仄は白目を剥きたかった。むしろ半分白目である。
脳内カーニバルの四月一日仄に対し、アーチャーは真剣なかおで周りを見渡している。温度差で風邪を引きそうな勢いだ。半分白目の女を気にしないとは中々図太い神経をしていた。
「…来た、静かに」
「……!」
ザリザリと砂利の擦れる音がした。見えないが音からして丁度二人分。例のマスターとサーヴァントの可能性は高い。少しばかり話し声が聞こえるが内容までは把握できない。声の大きさからして、四月一日仄とアーチャーからはまだ遠い位置にいるようだ。
「─────。───?」
「─、──────」
足音は次第に遠くなり聞こえなくなる。
全く聞こえなくなった後もアーチャーは姿勢を低くしたまま息を殺していた。四月一日仄は同じことができないため、ゆっくりと深い呼吸を繰り返す。
数分経ったあと、アーチャーはそっと上体を起こした。その後四月一日仄にも起きるように声をかける。少女はのそのそと起き上がり外套から降り、それを手に取った。草や土がついている。
パンパンとそれらを払うと、おずおずとアーチャーに差し出した。
「えーっと…ありがとうございます?」
「なに、我が身のためだ。礼はいらない」
「いや、イマイチ状況がわかんないんですが……」
「…君は説明を受けていないのか?」
「説明?…ドッキリか何かですかこれ」
「違う、これは正真正銘聖杯戦争だ。あらゆる意味で頭に『異端』がつくがね」
「聖杯戦争ゥ?それこそドッキリじゃないですか、騙されませんよ」
「事実としか言い様がない、聖杯戦争であるから私が召喚されたのだ。聖杯戦争であるから君は狙われたのだ」
怪しい、と四月一日仄は思った。ごもっともである。むしろ怪しくないところが見当たらない。現実にあり得ないことばかりだ。いや、ランサーとアーチャーの攻防はその手のプロなら再現できなくはないのかもしれない。彼らの本気は不可能だろうが、『らしい』ものであれば可能だろう。少なくとも一般人の目はごまかせる。
しかし、四月一日仄はアーチャーを信じることにした。
「…わかりました、一旦信じましょう。ドッキリだったらぶん殴るとあらかじめ言っておきます」
「……まぁ、取り敢えずそれでもいい」
ドッキリであるという前提よりも、命の危機であるということを前提にした方がよい。ふざけるよりは真面目に、ただそれだけの話だ。
アーチャーは、外套を翻した。
「では、行くぞ」
「……どこに?」
「君の家だ、野宿したいのか?」
「帰ります」
テンポの良い会話の後、何かを抱えてるように腕を出した状態でアーチャーはしゃがむ。目で四月一日仄に訴えていた。乗れ、と。
「…またあの体勢ですか?」
「ん、なんだ?俵担ぎがいいのかマスター」
「横抱きでお願いします」
四月一日仄としてはお姫様抱っこなどごめんこうむるのだが、俵担ぎなどをされれば十中八九胃の中のものが出てくるだろう。女性としてはそれだけは避けなければなるまい。プライドがある
結果、四月一日仄はプライドを取り恥を捨てることにした。
「…………」
「ああ、今度は首に回してくれよ。落としそうで怖くてたまらない」
「無理です、無理なもんは無理です」
「落ちるぞ」
「じゃあ歩きます」
「ダメだ」
「嫌です」
「……仕方ないな」
「あっじゃあ歩きま、すゥ!!?」
「このまま運ぶ、せめて服でも掴んでてくれ」
「またかよォォォォォォォォ!!!」
アーチャー製ジェットコースターに乗ることになった四月一日仄は、家に着いたらアーチャーを殴ることを心に決めた。