糸を紡ぐ

□糸の魔術使い
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空木操は俗にいう『トリッパー』である。
もっと分かりやすくいうと、本来この世界には存在しないはずの人間ということである。彼女自身望んでこの世界にきたわけではない。それには山よりも高く海よりも深い事情があるのだが、それはおいておこう。

彼女はわけあって衛宮士郎に幸せになってもらいたい。衛宮士郎は知らないが、この世界が『Fate』でも『UBW』でも『HF』でもないエンディングを迎えたのは彼女の仕業であった。決してヒロイン三人と何もなかったわけではなく、逆に空木操と衛宮士郎の間に何かあったわけでもない。
むしろその逆であり、聖杯戦争中は極力接触を避けていた。そして、三人のうち誰か一人に絞られることもなく、全てのルートをごちゃ混ぜにしつつ『最善』と言えるようなエンディングにいくよう、裏で工作をしていたのである。

とはいえ、本人の予想では間桐桜とくっつくと思われていた。なにせごちゃ混ぜなのでHFルートも含んでいるのだ。そして彼が『正義の味方』ではなく『桜の味方』となるのはそのルートであり、彼が『人間』になるのもそのルートである。間桐桜になるべく意識が向くよう仕向けながら、バレないように飛び回った。詳細は省くが、それはもう頑張った。

そして迎えた、原作にはなく全てのルートの要素を含んだグッドエンディング。
彼女の努力が勝利した瞬間である。彼女には記憶がないが、『ホロウ』も終わりを迎えている。あとは衛宮士郎がどの道を選ぶか見守るだけだ。


……見守るだけ、のはずだったのである。


「なぁあんた、面貸せよ」


夕飯の買い出しの帰り道、空木操は声をかけられた。
つられて振り替えると、20代前半くらいであろう男女が合計三人。男二人と女一人がこちらを睨んでいた。
特に目立つ服装というわけでもない。その辺にいそうな人たちである。知っている人物というわけでもなかった。


「えーと………ナンパですか?もしくは合コン?新興宗教の勧誘?どのみちご遠慮願いたいなぁ」

「話そらすなよ」


いやあんたら誰だよ。
思わず口に出しかけた言葉を飲み込む。

伊達に客商売はしていない。あくまでスマイルを崩さないスタイルで空木操は接する。今日は肉を買っているのだ、魚よりは大丈夫だろうが痛まれると困る。なるべく穏便に、だ。


「面を貸せと言われても、私はあなた達のこと知りませんし……」

「俺らもあんたが誰かなんて知らない」


なんで声かけたんだこいつ。

ヒクヒクと顔の筋肉がひきつった。無理という意思表示のために振っていた手が硬直する。
答えたジージャンの男は鼻を鳴らした。
三人は相も変わらず空木操を睨み付けている。凶器を持っているようには見えないが、怪しい。殺気は感じないが敵意は感じる。
渋りに渋り、場が硬直していたが、リーダー格らしき女の一言によってあっさりと動き始めた。


「『衛宮士郎』について話がある」

「………へぇ」


空木操は、その女に指示されるがまま、後ろをついていった。






「それで?何?」


三人に囲まれた状態でたどり着いたのは、廃れた神社である。手入れもされておらず、雑草の楽園となり、本殿はボロボロだった。周りには神社を覆い隠すように竹が生えており、小規模の竹林ができている。
買い物袋を持ち替えながら、あっけらかんと三人に空木操は問う。
ろくに説明をしない相手ではあるが、はじめから喧嘩腰がいけないことは百も承知であった。特に、彼女が気にかけている衛宮士郎のこことなればなおさらである。


「衛宮士郎に近づくな、泥棒猫」

「………………んん?」


はて、泥棒猫?


「お前が衛宮士郎と関わったからどのルートにも行かなかったんだろ!馴れ馴れしくしやがって!」

「何故かうまいこと終わったけど……衛宮士郎は誰のエンディングにも行かずふわふわした状態だ。危ういにもほどがある」

「第一、あなたが衛宮士郎と両思いになるはずがないし、なっていいはずがないのよ。身の程をわきまえたら?貴方も『転生者』なんでしょう?」


何を言っているのだろうか、こいつらは。

空木操はクエスチョンマークを生産している。転生者云々は理解できるだろう、似たようなものだ。だが、『泥棒猫』だの『士郎と両思いになる』だのはわからない。自身が関わったせいでルートが変わったのは認める。そう仕組んだのだから。しかし、何故自分が『衛宮士郎と恋人になろうとしている』ことになっているのだろうか。


「待って待って、とりあえずお仲間なのはわかったけど。なんかズレてる。認識めっちゃズレてる」

「何を弁解するのよ」

「いや、私の願い?とか目的?とかそんなやつ」


三人分の「ハァ?」が生まれた。全身から「何いってんだテメー」と言わんばかりの敵意が溢れている。何いってんだテメーはこちらのセリフだと空木操は言いたくなった。
自分は衛宮士郎に幸せになってほしいだけなのだ。同類ならその思いを理解してもらえるはずだ。


「私は衛宮士郎を幸せにしたい、そのために行動している」

「やっぱり衛宮狙いの夢女じゃないの!これだから夢女は!!」

「いや違いますけどォ!?」


何故だ、言い方が悪かったのだろうか。
空木操は頭を抱えた。先日は抱えさせた側だったが逆転している。というか夢女とはなんだ?言い方からして良い意味ではなさそうだから否定はしておく。


「衛宮士郎には遠坂凛が一番相応しいんだ!お前は引っ込んでろ!」

「え?うん?」

「一緒に買い物なんてしやがって……」


一緒に買い物。
その言葉でピンときた。

聖杯戦争開始前、衛宮士郎と空木操が最後に会った時は買い物先だった。互いにタイムセール狙いだったため敵ではあったが、タイムセールの強敵は友と読む。お互いの健闘に握手したものである。別れ際も良いサムズアップだった。
それを勘違いされたのではないか?

そう考えた空木操の行動は迅速だった。行動というよりも発言だが。


「あれはたまたま会っただけだよ。私と士郎の関係は……うーん知人以上友人未満って感じかなぁ。私、士郎の家の場所とか教えてもらってないし」

「うるさい!」


いい加減にしてほしい。

ここまで来ると違和感を覚えた。彼らが同類、それはいい。だがあまりにも思考が偏りすぎている。何をいっても『彼らにとっての敵』に変換されているようだ。しかも支離滅裂なことをいっている。偏っている、というよりはある程度固定化されているような……。


「…………」

「おい!」

「『糸を紡ぎて縄とする』」


ノーモーションからの魔術詠唱。名も知らない三人が反応できるはずもなく、彼らは魔術の餌食となる。
……餌食、といっても、『捕縛』の魔術だ。
シュルリと服の裾からカラフルな紐が飛び出し、三人に絡み付く。一本一本は細いのだが、何本も集まると太くなる。詠唱通り『縄』となったそれは、自動で手足を活動不可能にし、口にまで絡み付く。猿轡である。
突然の出来事に目を白黒させている三人には考慮せず、レッグポーチから球になっている天然石を取り出す。


「うーん、解析はあんま得意じゃないんだけど……」


女の前で膝をつき、片手を相手の頭に当てる。魔力電池かつ、魔力式でもある石を握りながら魔術を使った。
空木操の出した結論は、三人は操られている。というものだ。
故に、三人を捕縛し、魔術の解析に挑んでいる。

確かに世の中には、どうにも話を聞かない人種がいる。しかしそういった人間ばかりではないし、そんな人間でも自身の考えが揺らぐことはある。どうあがいても揺らがないが、支離滅裂なんて人間は絶滅危惧種だ。

一人一人丁寧に解析を施し、結果が出る。
周りで意識があるままの三人が唸っている中、彼女は大きなため息をついて呟いた。


「………荒れそうだなぁ」
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