糸を紡ぐ

□宝石たちは糸と出会う
1ページ/3ページ



「そういえば、名前はなんていうの?その人」

「名前は『空木操』。東北出身って言ってたな」

「日本拠点の魔術家の出ね。……後を継がなかったのかしら」


衛宮士郎を先頭に、一行は空木操の店……『Rhapsody』に向かっていた。
衛宮士郎の知る空木操の簡単な情報を話しながら、郊外ギリギリの坂道を歩く。


「衛宮くん、あとどれくらいなの?」

「あともう少しだよ、ここの坂を上がって……ああ、あそこだ」


坂を登りきった先。住宅に囲まれたそこ、坂の先のY字路の中心。二つの道の間に林があった。
ぽっかりと穴が空いたように道があり、その道は草こそないものの、石畳で整備されているわけでもない。ただ土だけの、『道のようなもの』があるだけだ。


「ここだよ、店があるのは」

「林の中、ですか?」

「あぁ、分かりにくいだろ?俺もあいつに会うまでは存在に気付かなかったよ」


衛宮士郎、遠坂凛、セイバー、アーチャーの四名は青々と生い茂る林の入り口に着いた。件の空木操の店がある林だ。
それほど背が高いわけでもないが、低いわけでもない木々がさわさわと風に揺られている。


「こんなところに林があったかしら……」

「マスター、あれを見ろ」


遠坂凛が首を傾げていると、アーチャーが小道の隅を指差した。あれと言われたものは注連縄の巻かれた石である。よく見ると等間隔に林と道の境に置いてあった。


「なるほど、軽い認識阻害の魔術か。強すぎず弱すぎず……身を隠すにはちょうどよく、けれど誰も発見出来ないわけではないってこと」

「どちらかといえば結界のようだな、敵意を持つ者が侵入した場合反応するのかもしれん」

「用意周到ね」


手に顎を乗せ、遠坂凛は感心したように頷いた。
魔術使いとは名乗っているが、魔術師らしい対処法である。しかも魔術の強さをしっかり調節できているようだ。少なくとも技術面に関しては衛宮士郎より上であろう。ますます何故魔術使いをしているのか不可思議である。
本人は『向いていない』と言っていたらしいが、能力的には向いている。


「警戒しすぎだろ……」

「いくらシロウの知人とはいえ魔術師です、警戒して損はありません」


警戒するような相手じゃないんだがなぁ……。
ボソリと呟いたその言葉は、誰も反応することなく空気に溶けた。




「空木ー、入るぞー」


見た目はボロボロだが、立て付けが悪いわけでもない扉が軽く音を立てて開いた。
棚の上に置かれた瓶や、そこらかしこに置かれているアクセサリー達が、扉からの光を反射しより一層輝いた。


「これは……」

「本当にただの店ね……しかもきちんと清掃されている」

「シロウからいただいたアクセサリーもそうですが、とても丁寧に作られていますね」

「個人経営だからな、やることはやっているぞ。
おーい、空木?また寝てるのか?」


衛宮士郎がカウンターを覗きこむが、そこには誰もいない。


「あれ……作業場かな」

「作業場?」

「あぁ、あいつ奥の部屋で商品作ってるんだよ。」

「礼装もなの?」

「多分」

「………人目につく可能性は考えないのかね、その魔術師は」

「なんでここまできてずぼらなのかしら……入るわよ」


え?

衛宮士郎は遠坂凛の言った言葉を一瞬理解出来なかった。
入る?どこに?……作業場に?
いや、確かにそうだ。今のところ作業場にいる可能性が一番高い。しかし、作業場ということは魔術工房ということでもある。
つまるところ、魔術師にしても魔術使いにしても『何よりも大切な場所』だ。本来なら彼女らのいう通りホイホイ入れるような場所に作るべきではない。しかし、こんなところにポンとつくるということは何かしらの手は打ってあるはずで……。


「危険は承知よ、トラップはあるでしょうね」

「……なんでそこまでピリピリしているんだよ、遠坂」

「………『私にだってわからない』わよ、でも信用出来ない。なーんか裏がありそうなのよね。見なさい、棚の上」


棚の上、と言われて、脚立がなければ届かないような高い棚を見上げる。キラキラと輝く石が、水の揺らめきによって変化している。


「あれ、魔術礼装よ。恐らく攻撃型の」

「えっ」

「厳重なのはいいことよ。でも……この冬木ではあまり意味をなさないことなの」


冬木には、魔術界において『御三家』と呼ばれる名家のうち、二つの魔術家が住んでいる。
一つは『遠坂家』。遠坂凛の生家であり、冬木の管理者でもある。
もう一つが『間桐家』。遠坂桜が養子に出され、間桐桜となった家。
冬木は遠坂家の管理地にして、一級の霊地である。本来であれば遠坂家のもの以外は住むことができない。暗黙のルールだ。しかし、間桐家は遠坂家と同盟を組むことで冬木に腰をおろすことを認めてもらい、その他魔術師たちも、遠坂の許可さえあれば住むことを許される。冬木にいる魔術師の家系は全て把握しているのだ。

例外としては、衛宮士郎及び衛宮切嗣があげられる。衛宮切嗣は遠坂家には秘密で、ひっそりと居を構えたのだ。魔術関係の事柄一切を、詳しく衛宮士郎に教えなかったがために、衛宮士郎は衛宮士郎でそんなルールを知る術がなかった。
故に、聖杯戦争にて顔を会わせるまでお互いが魔術師だと気づかなかったのである。(加えて、衛宮士郎が未熟だったということもある)


「『厳重に見えて軽いように見えて厳重』なのよ。引っかけにもほどがある。そんなに心配なら私に許可をもらいにくればいいだけの話。遠坂の保護下におかれれば、ホイホイ手を出すやついないもの」

「そして、衛宮士郎。『貴様が信頼している』から信頼できないのだ。貴様は人が良すぎるからな」

「アーチャー、あんた何鏡見ていってんの?」


お前もエミヤシロウだろうにと、暗に遠坂凛は言った。
そこを突かれると弱いらしく、「グッ」とアーチャーは怯む。そして衛宮士郎はアーチャーをジロリと睨んだ。


「でも遠坂、勝手に部屋に入るってのはちょっと……相手は一応女の子なんだし、な?」

「衛宮くん」

「はい?」

「女の敵は黙ってて」

「……………はい」


般若だ。般若が見えた。
地獄の炎を背負う般若が見えた。逆らったら死ぬ。あかいあくまは伊達じゃない。でもあくまじゃなくて般若が見えた。見えたというか、いた。
女の敵のつもりはないが、口答えをしたら殺される。やる。遠坂凛ならやる。絶対に。


「じゃあ、入るわよ」


遠坂凛がドアノブを掴み、ゆっくりと回した────。



バンッ


「ハーァーイ!マイスッウィートアクセたちィー!!お母さんのお帰りだっよーん!!!」




───ところに、ハイテンションな店主が帰宅した。


「今日はすごい子を買ってき、た………よ?」

「あ、あはは……こんにちは……空木」

「………………………な、な…………」


瞬間、悲鳴が響き、鳥達がバサバサと逃げ出した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ