StoryA
□Accidentally in Love
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〈 チヒロ side 〉
フリットウィック先生には悪いけど、今日の授業はとってもつまらない。さっきから先生の言葉をひたすら書き写すばっかりだった。
だから途中で諦めて、何を思ったのか羊皮紙の端っこに「チヒロ・ウィーズリー」と書いてみた。別にウィーズリーのどちらかを好きなわけでも何でもないけど、一番に思いついたのが彼らだった。
『ふふ、なかなか良いかも?』
時々こうして名前を変えてみたくなる。苗字が違うだけで、ガラッと印象が変わる気がするから。
私は次々に、思いつく限りの人物から苗字を今だけ拝借した。
チヒロ・ジョーダン、チヒロ・ジョンソン、チヒロ・スピネット、あ、チヒロ・ディゴリーなんて素敵。
「なーにやってんだ?」
『わっ!びっくりしたぁ‥‥‥』
突然背後からぬっと現れた赤毛に心臓が飛び出そうになった。名前を書くのに夢中で、人の気配に全く気づけなかった。
一方ウィーズリー、おそらくフレッドは「ごめんごめん」と気持ちのこもってない謝罪をしながら私の手元を覗き込んでいる。
「なに、マットロックってディゴリーのこと好きだったのか?」
『え、なんで?』
「あー、なんだ、そういうわけでもないのか。アンジェリーナやアリシアの名前もある」
『あぁ、そういうこと』
そんなウィーズリーの言葉を聞いて今更納得した。こういうとき、恋する女の子なら好きな人の苗字を当てはめて幸せな未来を想像したりするんだろう。
お生憎様、私はそんな可愛らしい女の子じゃないんだなこれが。
なんて思って乾いた笑みを浮かべていると、ウィーズリーが私の手から羽ペンを奪った。
『えっ、ちょっと、何?』
「俺的にはこれが一番似合ってると思うぜ」
ニヤッと悪戯な笑顔を残してもう片方の相棒と教室を出て行ったウィーズリーの後ろ姿に、いつの間にか授業が終わっていたことに気がついた。
羊皮紙の端っこに目をやると、「チヒロ・ウィーズリー」以外の名前が全て黒く塗りつぶされていた。特にセドリックの苗字を借りたものは無惨で、思わずプッと吹き出してしまった。
『チヒロ・ウィーズリー、か』
数年後に私の名前が本当にこうなっていたことは、また別のお話。
end