緋色の翼

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Sognarsi T:白銀の赤い月


 記憶の始まりは随分と寂しいものだった
 数年を経た今、振り返ってみても鮮明に思い出せるほど私の記憶は浅い

 音を吸収され、視界さえ満足でない、まるで人差し指を口に添えたような始まりの記憶


 …静か、その一言に尽きてしまう音のない白銀の世界
 私は世界の真ん中で、ただ涙を流して突っ立っていた

 誰を待つわけでもなく、何かを眺めるわけでもなく、悲しみにくれているわけでもない
 どうして私が泣いていて、どうして私がここにいるのか
 その理由を私は一切知らなかった

 落ちた雫が雪を溶かし、小さなくぼみをいくつも作る
 まるで花が咲いたみたいだと、私は涙を流しながら笑っていた

 背景に溶ける白いワンピース
 肩口から露になる百合の花弁のごとく白い肌
 唇は熱を失って紫が差す
 そして、その白の世界で一際際立つ涙を生み続ける赤い双眸


 彼女はこの世界で唯一つの色だった


 ふっと足の力が抜け、音も立てずに私の身体は白に沈んだ
 肌を刺す痛み、熱を失って動かない身体
 頭では知っている「寒い」という感覚
 私はその場に倒れて初めてそれを理解した

 冷たい白に頬を這わせる
 冷たくて、柔らかくて、肌に伝わる刺激が痛くて、気持ちいい


 不意にバサリ、と空気を揺らし羽根が数枚雪の上に落ちる
 背を見ると白に同化した大きな翼が身体から生えていた
 それは、自分の意思とは関係なくバサリバサリとこの場から逃げ出すように羽ばたく
 しばらくそれをぼんやりと眺めていると体の熱が奪われているせいか羽はその場にむなしく横たわった
 どうやらこの翼は私の体力を使って動いていたらしい

 目から、涙が溢れる
 悲しくはなかった
 切なくもなかった
 どうして、泣いているのかわからなかった

 双眸からとめどなく流れる欠片
 じんわりと身体を冷やす白

 なぜか、目が開けられなくなった
 眠い、と思った


「羽を持った赤い月…か、お前も数奇な運命を背負ったものだな」


 意識の途切れる間際に聞こえた低く貫禄のある声音と白を踏みしめる音
 あぁ、安心する

 彼の言ったことの意味はわからなかった
 私の運命を可愛そうだと思っていたのか、それともただ…
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