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□教えてご主人様
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「ねぇご主人様、もっと人間のことたくさん教えて。俺まだ何も分からないから…」

元飼い猫だったこの男。ついに肌を重ねる関係にまでなってしまったが……どうしてこんなことになったんだっけ。彼の初めてを奪おうとするその瞬間、松本はつい一週間前のある日のことを思い出していた。

 * * *

4限のチャイムが鳴ると、頭をもたげていた学生たちが一斉に立ち上がった。先程まで机に突っ伏して寝ていた友人の大きなあくびにつられ、松本もふわぁと1つあくびをする。テキストをリュックにしまい、さっと肩にかけて大教室を後にする。駅までの直行バスに向かう学生の流れに乗る。憧れのキャンパスライフやひとり暮らしも当たり前になり、この教育学部で学んだことを活かせる仕事ができたら…松本は夢を描きながら、ごく普通の幸せな日々を過ごしていた。

「なー、今日飲み行かね?サークルの先輩たちに誘われてんだけどさ!」

「マジ?行く行く!明日3限からだし」

「あー…ごめん!俺はパス」

盛り上がる友人たちに水を差すようで申し訳ないと思いながらも、松本は両手を合わせて謝罪した。

「マジかー、今日バイト?」

「いや、実はさ…家ですっげぇ可愛い子が待ってるからさ」

松本の意味深な発言を機に、友人たちは驚き異様な興奮を見せてまた盛り上がる。松本の肩に手を回してスマホを見せるように促した。

「えっ、彼女?!写真は?!」

「大学の子?誰?!」

「ほい、写真」

「………いや可愛いけど!可愛いけども!!」

友人ふたりからバシバシ叩かれ総ツッコミを喰らった。松本のスマホに写っていたのは、愛くるしい黒猫だった。

「最近飼い始めてさ…可愛すぎてやばいよ!」

以前から松本の自宅に寄り道する猫だった。少し餌をあげたら家に居着く時間がだんだんと長くなり…松本は責任をもって飼うことに決めたのだった。頼んでもいないが松本は別の角度から撮った黒猫の写真を何枚も見せつけ、友人は困ったように笑い、分かった分かったと松本を制止する。

「名前は?」

「まー」

「「まー??」」

「こいつ鳴くときにゃーじゃなくてまーって言うんだよ。もうめちゃくちゃ可愛くて…とにかく今日はこの子の世話もあるし、あと課題あるし、悪い!また誘って!」

今度この黒猫まーを見に来てもらう約束も取り付けた。松本はバス列の向かい側に置いていた自転車に跨り、いつもより少しはやくペダルを漕いだ。

 * * *

「ただいま〜」

男の一人暮らしと言えど、とにかく気をつけなさいよという母の教えは忠実に守っている。玄関の鍵をきちんと閉めたことを確認し、ベッドで眠るその子に声をかけた。

「まー、ただいま」

「……まー!」

松本に気づいたまーはすぐさま足元へ駆け寄り頭や体を擦りつけた。おかえりなさい、甘えたいよと言われているような気がして、松本はまーのこの仕草が大好きだった。

「まーいい子で待ってた?偉いねぇ〜」

なぜか松本が猫なで声でまーを甘やかす。頭や喉をなでてやると、まーは気持ちよさそうに体を捩った。

 * * *

「はぁ……疲れた…」

一人暮らしに慣れたとは言えど、家事を全て自分でやるというのはかなりの負担がかかるものだ。松本はそれらを片付けたあとに課題もこなし、まーと散々遊んでくたくたになり、ベッドに飛び込むようにして寝転んだ。

「まーおやすみ。明日は休みだからまーといっぱい遊ぶよ」

静かに寝息をたて始める松本に寄り添い、まーも丸まって眠りについたのだった。
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