Novel(Feature)

□暗殺の国-The target is teacher!-「旅人の時間」
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「...今の所は、無いです」

「...」

「この世界では、ですけど」


 キノは扉から顔を出していた空色の髪を持った少年にそう答えた。
少年は小さく「変なこと聞いちゃってすみません」と会釈する。
キノが気にしなくていいと軽く手を振ると、少年は再び生徒達の中に入っていった。
よくよく見ると結構な人数が廊下から覗いていることに気が付き、特に反応を起こすことも無かった。


「...じゃあこれからどうするつもりなんだ?」


 黒いスーツに身を包んだ男性がキノの方に向く。
キノは「取り敢えず、今日は野宿をしようかと」と嘘偽りなく答えた。


「ならもう一つ...君は「自分の身を守る方法」を身に付けていて、尚且つそれを実行したことがあるか?」

「はい」

「そうか...」


 相手の顔がふっと険しくなった。
まるで「するべきか、しないでおくべきか」という二択に迫られた表情。


「おや?何を悩んでいるのですか、烏間先生」

「...お前は引っ込んでいろ」


 一体何を考え込んでいるのかキノが不思議に思っていると、いつの間にやらもう一人先生らしき人が隣に立っていた。


「生徒の皆さん、そろそろ次の時間が始まりますよ」


 いけないいけない、と扉に密集していた生徒達は途端に廊下を駆け出し、遂には人っ子一人いなくなってしまった。
そして授業開始の鐘が校舎全体に鳴り響く。
烏間先生が開け放された扉を静かにぱたんと閉める。


「取り敢えず...もう一度座って貰えるか」

「はい」


 靴を鳴らして戻った烏間先生がキノをソファーに促す。勿論キノもそれに従う。
向かいに烏間先生が座り、先ほどの続きだがと前置きして話し始める。


「もし本当に君が作品の登場人物なら、暫くここを離れないなら......協力してくれないか」

「内容にもよります」

「...他言はしないと約束してくれるか」

「ええ」


 一度烏間先生に念を押され、「うんうん、教えて教えて」とエルメスがまるで友人の秘密を聞く子供のように尋ねる。
 烏間先生は懐から深緑色に塗られたプラスチック製のナイフを取り出したかと思えば、やけに関節が曖昧な大柄の先生に向かって素早く降り下ろす。
その光景を少し温くなった紅茶を啜りながらキノが見ていた。
 そして


「こいつを来年の三月までに暗殺してほしい」


 ぬるりと現れた黄色い触手を見た。








「...なるほど、道理で気配も足音もしない訳ですね」

「話が早くて助かる」


 キノは出された洋菓子を摘まみつつその生物を見ていた。

 いかにも教師らしい服装に合わない球体の顔に袖から生える二本の触手。
下半身にも何本もの触手が生える。そしてそのどれもが黄色かった。
だが一つ例外なのが


「一つ良いですか」

「何だ?」

「...さっき普通に黄色かったですよね、何故緑の縞模様が?」

「あぁ、こいつは相手をナメていると顔に緑の縞模様ができる」

「...どういう原理ですか」


 烏間先生が首を振る。
確かに、その原理が分かっていたらとっくにこの生物は生徒達...暗殺者に殺されているだろう。


「当然ですよ。国の部隊でも殺せない私を一人でなど尚更です」

「そんなこと言っちゃっていいの?こう見えてもキノはパースエイダーの扱いは黒帯四段だよ?」

「私に普通の弾丸は効きませんから、どれだけ実弾を撃ち込んでもいくら火薬を増やしたって無駄ですよ」


 キノの肩が揺れる。右手がカノンを入れたホルスターに軽く触れた。


「なら、どうやって攻撃をするのですか」

「暗殺対象にだけ効いて人体には無害な物質を利用したナイフと弾丸を使う」

「成る程」


 キノはゴムなのでそれはそれはよく曲がるナイフを振ったり揺らしたりぐにゃぐにゃと曲げながら頷く。
 BB弾も摘まんで見ていた。


「...確かに危険性も無く賞金もそそられますが...
...もう少し、明日まで考えても良いですか」

「あぁ、また明日に答えを聞こう」

「えぇ、良いじゃんキノ。殺される心配も無いし賞金も凄い。暫く食べるものに困らないよ」

「それも後で考えよう、エルメス」


 エルメスをなだめながらキノは廊下に出ていき、振り返って会釈をしてから玄関に去っていった。


「...一体何を企んでいるんだ」

「ヌルフフフ、烏間先生はキノさんをビッチ先生のような「暗殺者」として迎え入れようとしていますね?」

「それ以外に何がある」

「ええ、ありますとも」







 満天の星空の下。小さな焚き火が校舎のグラウンドにぽつんとあった。
その側にはモトラドと一人の人間がいた。


「ねぇ、キノ。いい加減決めたら?」

「...」

「ずっとここで立ち往生しても埒があかないよ」

「...だからといって、素性も知れない生物の暗殺は無理がある」

「やれやれ」


 キノは焚き火を長い棒で弄くっては細い枝を放り込む。
ぱちぱちと火の粉が空に向かって上ってはかき消えていく。
森の木々の遠く下ではぴかぴかとした照明が光の絨毯のように広がっていた。


「全く、キノも強情なんだから」

「あなたも大変ですね」

「そりゃあもう!」

「......」


 キノは昼間の時のように突如として現れた......厳密には高速で移動しているらしい、件の生物が和気藹々と相棒エルメスと談笑する姿を見ていた。


「おや、そんなに恐い顔をしないでください。昼間の言葉が癪に障りましたか?
もしそうなら、その言葉に少し付け加えても宜しいでしょうか」

「...というと」


 その生物...殺せんせーは少々大きくなった焚き火に新聞紙に包まれた三つのさつまいもを放り込む。
キノはそれも気にせず聞き返した。


「私は確かに「一人では殺せない」と言いました。
でも「一人で殺せ」とは言っていません」

「...彼らと一緒になら、ですか」

「おや、やはり君はすぐに話を理解してくれますね」


 新聞紙の文字が黒く焦げて見えなくなっていく。
殺せんせーはつんつんと焼き芋をつつきながら言葉を続ける。


「そうです、君は私の生徒達と殆ど年齢差も無い。更には自衛に長けている。
しかし自身はいくら念じても一人だけです。勿論生徒達だってこの少しの間に今もなお成長しています。
どうです?3-E組に来てみませんか」


「うわあキノ招待されちゃったよ!これはもう行くしかないよね!」

「...そのメリットは?」

「いやはや、全くもって隙がありませんねぇ。
...メリットと言っても、得られるものは人それぞれです。
入って、行動を共にしないと理解できない。しかし誰かと行動を共にすると言うことは一人身に慣れている人には困難だ」

「...」


 森に沈黙が広がる。
小さく、とても小さく言葉が発せられた。


「...少し、興味が湧きました」




 
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