Novel(Feature)
□「初日の時間」-Men should aim-
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「ねぇ渚くん。転校生の話は聞いた?」
「うん......まぁ十中八九この前の人だよね」
ホームルームもまだ始まらない朝。
「「キノ」だったか?何だか格好いいバイク持ってたよな」
「物静かな感じが格好よかったよね!」
僕たちの教室は転校生の話題で持ちきりだった。
「ところで......転校生って、男?」
「えぇ!女の子じゃないの?」
「髪短かったし、背もそこそこだから男じゃね?」
中には再び職員室を覗きに行ったのか女子が徒党を組んで教室から出ていく者もいた。
女子たちが廊下を進んでいった後も転校生の話題は絶えない。
むしろ増していく勢いだ。
「渚!渚はどっちだと思う?」
「茅野、どっちって...何?」
「転校生は男か女か、よ!私は女の子だと思うんだよね〜!」
「こう言うのはやっぱ同じく曖昧な子から聞くのが一番だし、ね?渚くん?」
「あ、曖昧って...」
とは言うものの、僕も謎に包まれた転校生には少しだけ興味があった。
...勿論性別は関係無いが。
なら一体何に興味があるのかと言うと、
「ねぇ中村さん。転校生ってさ、コートの下に何か吊るしていなかった?」
「実は私、廊下で見ていたときそんなに前じゃ無かったからよく見えなかったのよね、何かあったりしたの?」
「ううん、気のせいかもしれないからいいんだ」
長く伸びたコート。それの右もも辺りに僅かに膨らみがあるのがあったような気がして、それが不思議と引っ掛かっていた。
ただ、何となく...僕らに共通するような何かがある気がしてならないのだ。
「皆さん、おはようございます」
「あ、おはよう殺せんせー」
まあ、気にしすぎなだけかもしれない。
こうして殺せんせーも来てホームルームが始まるし、転校生と仲良くなってから聞きだせば良いと思った。
「さて、皆さん朝からとても気になっていると思いますが...転校生を紹介します」
「待ってました!」「どんな子だろ〜」
出席もとい生徒全員による射撃の後、今日も命中弾ナシで余裕綽々の殺せんせーは件の転校生を呼ぶ。
どこかで固唾を飲む音が聞こえた。
「キノさん、エルメスさん、入ってきてください」
しんと静まり返った教室にがらがらと戸を開ける音が響いた。
続いて靴音が一定に響くにも関わらず入ってきたのは車輪だった。
半分ほどバイクが教室に入ったところでこの前と何ら変わりない服装に身を包んだ転校生...キノが見えた。
教壇にバイク、エルメスをサイドスタンドで立たせるとたれのついた帽子を外して一礼。
「改めて初めまして、ボクはキノ。こっちは相棒のエルメスです」
「どうもねー」
...いや、礼儀正しいのはとても良いことだと思う。
むしろ相手に好印象を与えるものだ。
気さくな態度も良い、すぐクラスに馴染む。けど、
「(...だから何でバイクが喋るの!?)」
きっと皆そう思っている筈だ。実際、烏間先生が
「キノさんはあちこちを旅していて自衛に長けている。きっとここでも良い戦力になる」
と言う言葉は全く入ってきていなかった。
「キノさんの席はカルマ君の左隣です」
「はい、分かりました」
「どうぞ」
「はい」
「......」
「......」
いくら待ってもキノは席に向かおうとしない。
殺せんせーの顔を何となく見つめているだけだ。
「え、何で座らないの?」
「殺せんせーの顔がかつてない程複雑になってる!」
ひそひそとクラスメイトが話す。
殺せんせーも想定外だったのか「にゅ、にゅや...」と情けない声を出している。
しかし、どの声も一つの轟音でぴたりと止んだ。
正確には一つの轟音とその光景、だったかもしれない。
教壇が硝煙の香りのする白い煙に包まれ、窓から入った風でうねりかき消える。
直後びたん!と木でできた床に叩き付けられた触手が跳ね回る。
「キ...キノさん?」
殺せんせーの問いかけにも応じず再び二発の轟音。
殆ど重なっていて一発に聞こえる音と共に教室の壁に二つの弾痕が刻み込まれる。
僕らのいつも使っている銃のものじゃない、本物の発砲音を生み出したキノの手には黒い光沢を放つ一丁のパースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)が握られていた。
「なんだ、やっぱり実力行使じゃないか」
額に汗を垂らす殺せんせーに対して相変わらずサイドスタンドで立たされているエルメスがごちる。
「キノさん...私に実弾は効かないと申し上げましたよね?」
「ええ、ですので...」
キノは慣れた手付きでパースエイダーから一つ弾丸を取り出すと殺せんせーの顔に先端をお構い無しに近付ける。
「弾丸の先にあのBB弾を粉末にしてつけてみました。これでも効くんですね」
唖然とする教室全体をよそに再び弾丸をパースエイダーに詰め込む。
「威力はそのまま。せんせーにも効く。一滴二錠だね」
「...一石二鳥?」
「そうそれ!」
お気楽に語る一人と一台を皆でぽかんと見ていると、殺せんせーが声をかける。
「とても良いアイデアですが...実弾はとても危険です。支給されたもので暗殺してください」
「ご心配ありがとうございます。でも、ボクは旅で慣れているので大丈夫ですよ」
「...いやそうじゃなくて!!」とも言いたげな視線が教壇に刺さる。
殺せんせーも例外ではない。
「そうじゃなくてですね...えぇなんと言いますか」などと狼狽えている。
「ねぇキノ。これって暗殺なんでしょ?こんなに堂々とパースエイダー向けていいものなの?」
「結果的に殺すのだったらどちらでも良いんじゃないかな。
誰かが見ているかどうかの違いだとボクは思うのだけど」
「それもそうか、なっとーく」
「き、キノさんエルメスさん!!先生を放って話し始めないでください!」
「すみません。以後気を付けます」
「覚えてたらね」
依然としてパースエイダーを殺せんせーに向けるキノには全くもって隙がない。
この人の持つ銃の射線上にいない筈なのに僕らまで反応の視野に入れられているような。
少しでも気を抜くとあの銃口がこちらに向きそうで身震いした。
「ボクとしては旅ができないのは死活問題なので、なるべく手っ取り早く終わらせたいんです。
...放課後、校庭に来てください」
「おっ、愛の告白かな?」
キノはパースエイダーに添えていた左手をエルメスのタンクに握り拳で振り落とす。
がつんと鈍い音が響き、いて、と抗議の声が上がる。
殺せんせーはその内に触手を再生させると少し口角を上げ、
「良いでしょう。受けて立ちます」
と、僕らの暗殺と変わりなく承諾したのだった。