Novel(Feature)
□暗殺の国-The target is teacher!-「旅人の時間」
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僕らE組の生徒は、担任であり月を七割蒸発させた張本人であり暗殺対象である殺せんせーを暗殺しようと日々奮闘している殺し屋。
しかしその努力はまだまだ実を作らないらしく、今日も教壇ではホームルームでの銃撃の嵐を避けきった殺せんせーが授業をしている最中だ。
「...ねぇ、渚」
「...どうしたの?」
隣の席からクラスメイトの茅野がとても小さな声で僕に話しかける。
こっちも小声で返した。
すると、茅野は片手の人差し指を校庭にぴんと向ける。
「あそこ、誰かいる」
「...本当だ、あまり見かけない服装だね」
爪先を見てみると確かにそこには人がいた。
上下の服はどちらも黒く、枯れ葉色のコートを羽織っているが今にも地面につきそうな程長い。
帽子は飛行帽のようにたれがついていて、つばの上にはゴーグルもとめてあった。
そして、タンクが光沢を放つバイクを押していた。
その人影はきょろきょろと辺りを見渡している。
ふと、帽子のつばの下から飛んでくる視線がこっちに向いている気がして、少し身震いする。
「何してるのかな...あ、どこか行っちゃう」
茅野の言った通りその人は向かって左手の方へバイクを押す。
やがて、その姿も窓枠にコートの端をたなびかせて見えなくなった。
見えなくなったのだが、
「すみません、誰かいませんか」
暫くすると今度は廊下の方から声が聞こえた。
流石に皆気づいたのかノートに黒板の文字を写して突っ伏していた何人かが顔をあげる。
それと同時に授業終了を告げる鐘が聞こえそうで聞こえない話し声と足音をかき消しながら鳴り響いた。
「にゅや?お客さんですかねぇ...さて、切りも良いので今回の授業はここまで。号令を」
「起立、礼!」
がたがたと椅子が鳴る。
ありがとうございました、と言う言葉と共にあの声が再び聞こえることはなかった。
「ねぇ、ちょっと見に行かない?多分あの人今校舎にいるんでしょ?」
次の授業の準備を終わらせた茅野は爛々とした目でこっちを見てくる。
茅野もそうらしいけど、僕自身も少し気になっていたから奇遇だった。
「うん、見に行こうか」
その人がいるであろう部屋はすぐに見つかった。
既にクラスの何人かがガラス窓から中の様子を伺っている。
どうやら職員室だったようだ。
自分達より後に来る人達もいて、おおよそ殆どの人が職員室前に集まっていた。
恐らく、授業中に姿を目撃していたのだろう。確かにあの姿はよく目立つ。
「誰?」
「同い年くらい...転校生?」
「それなら朝のホームルームで言われるだろうし、制服じゃないだろ」
よくよく見てみるとその相貌は精悍ではあるものの、年齢は僕らと同じか少し上くらいかと思われた。
廊下でがやがやとするクラスメイトに烏間先生が目配せをするのが微かに見えた。
「あ...あぁぁぁー!!!」
ふと、廊下に大きな声があがる。
皆驚いたのか一度しんと静まり返る。
声をあげていたのは、同じくクラスメイトの不破さんだった。
中の二人が少しばかり驚いているのも気にせずノックをするのも忘れて不破さんが職員室の扉を開ける。
「...あ!えっと、失礼します!!
......あの、もしかしてあなた、キノさんじゃないですか!?」
あっと声を出してぺこりと一礼。そして突拍子のない言葉を口にする。
確かにそのような名前の本が書店に並んでいたのを覚えているけど、
まさか作品の登場人物がここにいる訳がない。
不破さんの発言だけでも皆心底驚いた様子だったのだけれど、返ってきた言葉にも思わず驚いた。
「えぇ、確かにボクはキノですけど...何故知っているんですか」
「あぁやっぱり!初めましてー!」
「キノ」は少しばかり疑念の色を目に浮かべる。
けれど不破さんはそんなこと微塵も知らないようで相手の手を握ってはぶんぶんと上下に振る。
「うわぁ物語のキャラクターに会えるだなんて!
「キノの旅」は友達に聞いてただけだけど改めて見ると感動するなぁ...」
「ですから、何故ボクの名前を知っているんですか」
そんな会話を繰り返す二人をよそに烏間先生がこっちに早足で歩み寄って来た。
「おい、あいつは何者だ?明らかに一般人ではないだろう」
「あー、確か「ライトノベル」だかのキャラクターですよ。最近若者の間で人気な」
「しかし、それなら何故空想の人物がこんなところに...」
後ろの方でおおよそ八回目のやり取りをしていた「キノ」が烏間先生の言葉に言葉を止める。
同時に不破さんも上下に振る手を止め、「キノ」に慌てて頭を下げてから廊下に戻ってきた。
「すみませんが、「空想の人物」とは一体どういう意味ですか?現にボクはここにいますよ」
「そうそう、キノはれっきとした旅人なんだから空想の人物だなんて有り得ないよ」
「いや、しかし......ん?誰か何か言ったか?」
「キノ」と同意の声がどこからか聞こえた。
一瞬クラスメイトの内の誰かとも思ったけれど、聞いたことのない、若い少年の声だった。
「ひょっとしてさ、またもやキノは「茶色のコートの背の高い殺人鬼」になっているのかも」
「まさか」
「じゃあ、「戦場を駆け巡る麗人」かな?」
「それなら、エルメスが自分だけで動けるようになるかも」
「ひゅう!いいね!」
「キノ」は会話の間一切表情を崩すことなく、押して歩いていたバイクに語りかける。
するとバイクからも先ほど聞こえた声が返る。
想像し難い光景に思わず後ろを振り返ると殆どの人がぽかんと口を開け、
はたまた未だに声の主を探して辺りをきょろきょろと見ている。
「...話を戻していいか」
「えぇ、話をずらしてしまいすみません。
それで、ボクが空想の人物と言うのは一体どういうことでしょうか」
「そうそう、ちゃんと説明宜しく」
...後ろからずきずきと「お前が話をずらしたんだろ」と言いたげな視線が刺さってくる。
その視線を察したのか「キノ」はバイク...エルメスのタンクをがつんと殴った。
下から「イテ」と声が上がった。
「すみません、こいつの言うことは無視してください」
「あぁ...、どうやら生徒達によると君たちは「作品の登場人物」らしいのだが、自覚は無いらしいな?」
「はい、ボクはずっと自分を「登場人物を見る側」だと思っていました。こちらでは違うんですね」
「そうらしいな、原因は分かるか?」
「いいや、キノが草原で折角のモトラド日和に昼寝をして目が覚めたらここにいたよ」
「そうか...」
「本当にそうなのか」「モトラド日和?」「でもどうやって?」
今度は数々の疑問の声が後ろからやってくる。
僕はふと、彼らと同じように疑問が一つ浮かんで、考えるままに言葉を口にしていた。
「......キノさん、でいいのかな」
「...はい、何でしょう」
「今、行く当てはあるんですか?」
これが、初めての僕と「キノ」の会話だった。