Novel(Feature)

□「初日の時間」-Men should aim-
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「あの子...本当に殺せんせーを暗殺しちゃうのかな」


 茅野がぽつりと呟く。
今はお昼時で皆それぞれ昼食をとっている。
にも関わらず、外では朝のホームルーム、しかも初日で「暗殺依頼」を堂々と送りつけたキノが何やら大きなバッグを裏山に運んでいる。


「あんなに休まず動いて...逆にあの子が倒れかねないよ」

「そうだよね......って殺せんせー何してるの」

「にゅや、いえ、少し偵察をと......」


 双眼鏡を覗いてせっせと荷物を運ぶキノを偵察する殺せんせー。
しかし焦りか向きが逆になっており「と、遠いですねこれは...」と冷や汗を垂らす。


「殺せんせー焦りすぎ。前後逆だよ」

「にゅ、これは失礼しました」


 ぎこちない動作で双眼鏡の前後を入れ替える。
しかし触手が絡まり緊張でかたかた震えていた。


「...い、今なら殺せそうだね」

「うん、隙だらけだ...」


 しかし、殺せんせーに手を出す人は誰一人としていなかった。
多分、あの転校生の実力を見てみたいのもあると思うけど、殺せんせーがいきなり現れた生徒に呆気なくやられるとは思わなかったからだ。


「ま、正念場は放課後だな、殺せんせー?」

「そ、そんなこと言わないでください!!余計にプレッシャーになりますから!!!」


 ...プレッシャーで潰れて自滅するんじゃないかこの先生。

 まあとにかく、転校生と殺せんせーとの一騎討ちは誰もが手に汗握るものになるだろうと思っていたのだった。





「...そしていよいよ放課後、なわけだが...」


 旧校舎の校庭に生徒、先生が集まっている。
そして校庭の中心には殺せんせーが汗を流して立っていた。


「......なんであいつ来てないんだ?」

「約束すっぽかすわけはないしねぇ...」

「まさか逃げたわけじゃないよな?」


 山に響く風の音に負けない生徒たちの声が校庭に満ちる。



 そして......その光景をキノは山々の中からスコープで見ていた。
組み立てられたライフル...キノはこれをフルートと呼ぶ...を地面に立てて地面に伏せている。


「距離、言う?」

「いや、いい」

「りょーかい」


 脇にはエルメスがサイドスタンドで立たされている。
キノはフルートの銃口を殺せんせーの頭上少し上に向けた。
そののち少し微調整を重ね、ぴたりと狙うべき相手を見据える。
 キノは息を吸うとぴたりと止めた。
スコープを覗く姿勢のまま伸ばしていた指を引き金にかけていく。
ばすん!と発砲音を響かせてBB弾の粉末を塗った弾丸が真っ直ぐ狙った場所に寸分違わず通った。


「はずれ。百発百中のキノにしては珍しい」

「しかし見事な射撃です。1mmの誤差も見られません」

「...っ」


 後ろから声が降る。
確かにそれは自分を褒める言葉なのだが、少しばかり琴線に触れられた感覚に止めていた息が少し漏れた。


「そうですか」

「しかし私を殺すにはまだまだですねぇ、現に私はここにいますから」


 恐らく、いや間違いなく余裕の表情を浮かべているのだろうと良く分かる。
それでも心を落ち着かせてキノはスコープを覗くと、いよいよ始まったかと校庭に飛び出すいくつもの影があった。

 迷わず撃った。再びばすんと音が響く。
そしてその弾丸は生徒一人の大分近くの地面を抉った。
そこにいた何人かの生徒が縮こまったり慌てたりしている。
日常的に銃を扱っているからか、狙撃にも気付けるようだった。
発砲音と同時に後ろで風がごうと唸って再び戻ってくるような不思議な音が響いた。
きっと先生が高速移動を使ったんだろう。生徒に怪我を負わせない為。
それでもキノは気にせず今度は生徒をスコープの中心にとらえて引き金を絞った。

 そして、弾は出なかった。
キノが弾詰まりかと銃身を見ようとするも、その腕も動かなかった。


「キノさん。貴方は今誰を狙おうとしました?」


 いつもよりトーンの落ちた殺せんせーの声が聞こえる。
特に身動ぐ様子もなくキノは淡々と答える。


「...貴方の生徒を」

「ふむ。しかし貴方の狙撃のスキルなら生徒に当てられた筈です。違いますか?」

「ええ。わざとです」

「何故ですか?」

「朝、貴方は銃口が自分に向けられているのにも関わらず他のことを危惧しているように見えました。
...きっと生徒の安全でしょう。
だからボクのカノンの二発目、三発目はただ避けただけでなく跳弾しないよう威力を和らげていましたよね。
どういう方法かは知りませんが。」

「なるほど...実に見事です。そして私が生徒の身代わりとして勝手に動き射線に出てくれる、と」

「そんなところです」

「それでは、途中で計画ができない状態にさせられたらどうするつもりだったのですか?
例えばこんな風に」


 殺せんせーはぱっとフルートをキノから取るとあっという間に解体しバッグに戻して丁寧に閉める。
おまけにキノは伏せる体勢から地面に立たされ、全身についた土やら草やらを払い落とされていた。


「...こうです」


 一度眉をぴくりと動かした後、殺せんせーに向き直り朝と同じように腰の位置で黒光りするパースエイダー...キノはこれをカノンと呼ぶ...を構え、間髪入れず二発撃った。


「...?」


 朝のような轟音は響かなかった。
かわりに引き金が下りきってかちんと鳴る音が空しく響く。
するとキノはカノンを腰のホルスターにしまい今度は背中の腰につけていたレーザーサイト付きのパースエイダー...キノはこれを森の人と呼ぶ...を構え同じように発砲。
しかしカノンと同じようにこちらも引き金が下りきる音だけであった。


「おやおやキノさん。弾切れですかねぇ」


 ヌルフフフと笑う殺せんせーの手にはカノンの弾丸六つ、森の人は予備弾薬まであった。
ご丁寧に白い手袋を着けて。


「キノぴーんち。あれ、作品が違う?」


 エルメスが飄々と合いの手を打つ。
キノは森の人も腰に戻すとその勢いのままゴム製のナイフを殺せんせーに振り下ろす。
しかしナイフは殺せんせーにかすりもしない。
それでもキノは殺せんせーにナイフを向け続けた。


「万策尽きましたかね?皆さんに改めて自己紹介をしてから二人で改善点を話し合いましょう。ヌルフフフ」


 避けながらキノを煽る殺せんせー。
その言葉にキノは耳を傾けず、比較的大きな木の幹まで追い詰めた。
殺せんせーが不自然に浮いた木の枝を踏む。
それと同時にキノが少し窪んだ地面を力強く踏んだ。
土に隠れていた頑丈なロープがぴんと張られる。


「にゅやぁぁ!?」


 殺せんせーの足元で輪に括られていたロープが勢い良く絞められ殺せんせーの胴体が縛られる。
大きな木の裏側でロープが素早く巻かれ、殺せんせーの体が宙吊りになる。
キノは地面を踏んだ勢いのまま枝に固定されつつある殺せんせー目掛けてしなるナイフを突き刺した。




 どすん。確かな手応えがそこにあった。




「お、驚きました...まさか山のもので罠をかけるとは。私の嗅覚でも全く分かりませんでした」


「...!」


 背後から焦りを交えた声が聞こえて振り返ろうとする。
しかしそれは叶わず、自分の仕掛けた罠が両手を動けない程に縛っていた。


「君が罠を起動させる動きに少しでも気付くのが遅れていたらやられていたかもしれません...
...とても優秀です」


 急いでゴムではない本物のナイフを取り出そうとするも罠はロープを限界まで巻き取っており、腰は愚か胸ポケットのナイフにすら手は届かなかった。
思い切り引っ張ろうとするも対先生用にきつく編み上げたロープが人間の力で千切れる訳もなかった。


「惜しかったですねぇ、あと一歩でしたのに」


 心底嬉しい、と言いたげな声にため息を一つつく。
にやにや笑う顔から視線を地面にずらした。


「あーあ、キノ。また「死んだ」ねぇ、師匠のところにいた頃以来かな?」

「疲れた...とても疲れた」

「ヌルフフフ、手練れの旅人も私を殺せないと証明できましたし、生徒の皆さんもそろそろ様子を見にやって来ることでしょう」


 キノの前に殺せんせーが様々な物を持ってくる。
それは中学の教科書、文房具、制服等本当に様々だった。
エルメスが「おっと!貰えるものは貰うキノにそんなの渡したら帰ってこないよ?」と茶化し、「プレゼントです。一人で先生をここまで追い詰めたということで」と殺せんせー。
何人かが地面をかける音を遠目に聞きながらキノが一つの疑問を殺せんせーに投げ掛けた。


「あの...一ついいですか」

「はい、なんでしょう?」

「ボク、制服は男子用を頼みましたよね...何故女物なんですか」

「おや、気に入りませんでした?」

「...いえ...ズボンの方が、動きやすいというだけなので...」

「まっけおしみー」


 
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