腐向け小説

□青の記憶喪失
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次に日、おついちさんの声で起きた。兄者が、病室で目を覚ましたらしい。俺たちは、すぐに家を出た。病室に入ると、兄者は外をボーと眺めていた。

「「兄者!!」」

おついちさんとハモってしまう。兄者のあの笑顔が見たい。兄者は、ゆっくりと振り返るとジーとこちらを見ていた。

「あなたたちは・・・誰ですか?」

一番聞きたくない言葉だった。俺は、ひざから崩れてしまう。おついちさんは、口を押えて固まっている。俺が好きな兄者は、ほとんどを忘れてしまっていた。覚えているのは、日常を過ごすのに必要なことだけ。俺のことも、おついちさんのことも覚えていなかった。俺たちは、とりあえず落ち着いて兄者に自己紹介をする。

「俺は、弟者。兄者の弟・・・。」

「俺は、おついち。仕事仲間で関係は友だちかな。」

なんとか笑顔で言う。兄者は、やっぱり覚えていないようで、「すみません。」と言っていた。それが悲しくて悲しくてしょうがない。
先生によると、記憶喪失以外何もないとの事なので、今日には退院できるとのことだった。俺は、おついちさんに俺の家で預かると言った。おついさんは、心配してくれたけれど大丈夫と言った。おついちさんは、すこし悲しそうに笑って承諾してくれた。

「でも、苦しくなったらいつでも言ってね。あと、土日はお邪魔するよ?」

「うん・・ありがとう。」

おついちさんは、俺の頭を撫でてくれた。そういえば、兄者も俺の頭をよくなでてくれた。もう、あの優しい手はない。俺は、先生に話をして、兄者と一緒に家に帰ることになった。

「よろしくお願いします、弟者さん。」

「兄者、敬語はいいから。」

「わかった。ここは、俺と弟者が住んでた?」

「ああ、そうだよ。俺と兄者が仕事に使ったり住んだりしていた家。」

俺は、兄者を家に入れるとすぐにソファに座らせた。

「兄者、外にはでないでね?危ないから。迷子になっても困るから。」

「・・・うん。」

兄者は、すこし間をあけて返事をした。兄者は、ソファに座ってずっとテレビを見ている。
俺は、昼ご飯を作って兄者に出す。兄者は、真顔で椅子に座った。いつもの位置だから、体が覚えているのだろうか。俺は、兄者の前に座ると手を合わせた。兄者も手を合わせる。

「「いただきます。」」

ここだけは、ちゃんとハモる。やっぱり、兄弟なのだと感じる。

「兄者、何か聞きたいことはある?」

「特にない。」

兄者は、それを言うだけですぐに黙ってしまった。俺も、黙ってしまう。いつもは、明るく楽しい食事なのに。兄者は、すぐに食べ終わるとかたずけてソファに座ってしまった。俺も、そこまで食欲が無かったのですぐに片づける。
兄者は、テレビを見ながら笑っている。こうやってみると、いつもの兄者にしか見えない。俺は、皿を片付け終わると自分の部屋に入った。すこし避けたい気持ちがあるのは確かだ。ああ、兄者は本当に俺のことを忘れてしまった。その事実だけが俺に重くのしかかる。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

それから、俺は夜まで自分の部屋からでなかった。兄者も家の中はうろうろしていたみたいだけれど、外にはでていないようだった。下に降りると、兄者はいなかった。兄者の部屋をそっと覗くと、兄者は自分のベットで寝ていた。俺は、そっとドアを閉じて夜ご飯の準備を始めた。兄者は、いい匂いがしたのかすぐに降りてきた。

「兄者、もうすぐできるから座ってて。」

「うん。」

兄者は、記憶がなくなって話し方が昔に戻ったようだった。昔というか、子供というか。
俺は、すぐに皿を並べて椅子に座る。兄者は、すでに手を合わせて待っていた。俺も、手を合わせる。

「「いただきます。」」

やっぱり、ハモってしまう。兄者はやっぱり無言で食べる。俺も、何も話すことがなく黙ってしまう。本当はコミニュケーションを、取らなければならないのだろうけれど・・・。
今回は、兄者よりもすぐに食べ終わった。兄者が、事故にあう前より全然、食べれていないような気がする。
明日は、おついちさんが来てくれるらしいし、すこしだけ安心できる。
兄者も食べ終わったようで片づけていた。俺は、洗い物を済ませると兄者の近くに行く。

「兄者、風呂はどうする?」

「今日はいい。」

「わかった。あと、明日はおついちさんが来るからね。」

俺は、兄者にそういって自分の部屋に入った。
あの、きれいな目がこちらをみていない。ただ、それだけで俺には十分にダメージが出ている。俺を見て笑いかけてくれない。いつものような会話が無い。ただ、それだけで泣けてくる。俺は、本当に何をやってしまったのだろう。俺は、婚姻届けを取り出してみる。兄者の名前は確かに記入されている。
俺もそこに名前を書く。途中で泣いてしまったが最後まで書き終えたところで、俺は寝た。
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