ピッコロ夢

□A
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はぁっ、はぁっ、はぁっ…


裸足で山中を駆け抜ける。
痛みを感じても血は出ない。
お陰で躊躇無く走り抜けられる。

パチパチと炎の弾ける音。
近づく複数の足音。
汚い怒号。
ああ嫌だ、私利私欲に溢れた人間は。
都合の良い正義をかざしてやりたい放題。
この森に、山に、罪は無いでしょうに火を放っても罪悪感すら抱いていない。

「!」

行き止まり。

「へへへ、追い詰めたぜ。」

「手間かけさせやがって。」

後ろでは下品た言葉で、笑いを堪えた声。
どうせその顔も下品た物だろうから振り向いてなんてやらない。

下は崖。
高さは十分。
万一にも助からないような断崖絶壁に、心底感謝した。
心配なのは死後の自分の体だけ。
人目に触れず朽ち果てられますように。

「おら、こっちに来いよ。」

「殺しゃしねぇよ、ただちっとばかり肉を分けて欲しいだけだ。」

それがモノを頼む態度?

「髪の毛一本くれてやらない。」

たったそれだけで人間は沸点を越える。
ああ嫌だ、理不尽な感情に生きる人間は。
でももうこれでおしまい。
もう人間を見ないで済む。
私を終わらせられる。
そう思ったら、初めて人生で笑えた気がしたの。


そうしたら、目に入った。
空を飛ぶいつかの緑の魔族。
目が合えば、
“あんた、また居たの?”
お互いそんな事を思っていそうな、
ちょっと間抜けな顔をしてた。

ほら、だから言ったでしょ?
あの夜あんたが殺してくれてたら、
森は焼かれなかったし、
私は水浴び後のさっぱりした気持ちで死ねたのに。
嫌いな人間達じゃない、貴方に殺された方がマシだったのに。
まぁでも許してあげる。
だって貴方は私の嫌いな人間じゃないから。
じゃあね、魔族。
私は笑って、空に翔んだの。



翔んで
一瞬だけ空に浮いて、
そして重力が働き出す。
速さを増して、
地面に触れれば終わるはずだった。




──…

ねえ、なんで?
なんで貴方は飛んできて
私を抱き締めたの?

ねえ、なんで?
魔族のくせに温かく
優しく私を抱き締めたの?




「どこ、ここ?」

「知らん。」

緑の草が一面に広がる丘。
とりあえず燃えた山から大分離れた事だけは確か。

崖から飛び降りた私を、
この魔族が空中キャッチして、
そのままここに下ろされた。

「…なんで」

この魔族には疑問系ばかり。
だって訳が分からない。

「助けたの?」

「…笑ってた。」

は?

「死にたかったんだろ?」

「それで邪魔したの?」

「そうだ。」

「意地悪。」

「ああ、魔族だからな。」

最低。
浮かれて笑わなければ良かった。
天国から地獄。

「なんで…」

「何が?」

「死にたがる?」

「死にたいから。」

「理由は?」

「言ったら殺してくれる?」

「…いや。」

「じゃあ言わない。」

魔族が興味本位とか冗談じゃない。

「じゃあなぜ人間に追われる?」

「言わない。」

「なぜ?」

「死にたい理由だから。」

殺さない所か、邪魔までしてきて。
人間の次に魔族が嫌いになった。
第二印象は、第一印象よりもっと嫌い。
第三は…無い事を祈る。


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