ピッコロ夢

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今宵は新月。
明かりの暗い今日は
大胆な行動も取りやすい。
果物を探しに行こう。
そろそろ山菜も採れる頃だ。
ああ、でもまずは水浴びがしたい。


二週間前の満月。
煌々と輝いてくれる月のお陰で
人間達に追われ
本能のまま逃げた先に
見つけた岩穴が今の住み処。
それから夜になる度に外に出ては
食べ物や水場を確保した。
その内の一つ
滝壺へと足を延ばした。

暗くて水の音しかしない。
足を踏み入れた小さな水音も
大きな滝の音がかき消してくれる。
足を進めて
下半身が完全に水に隠れる所で
体や髪を清めていく。
少し冷たいけれど
それは贅沢な悩み。
次はいつ水浴び出来るか分からないのだから。

冷たさに体が慣れる頃、
体を水に浸けたまま空を仰ぐ。
月の無い夜は星達が元気だ。
月の光に邪魔をされず、
今宵だけは自分の存在を誇示できる。
まるで私の様…。

しばらく星を見つめたあと、
水から出ようと体を動かした。
今夜の内にしなければならない事がたくさんある。
水が足首辺りまでの浅さに来ると、
一旦止まって
置いておいた服に袖を通す。
いつか人間の村から拝借した物だ。
サイズはブカブカだけど
蔦のベルトで無理やり合わせた。


「!」

気配がした。
声はしない。
仲間を呼ぶ気配もしない。
視線を感じた暗闇の一点をじっと睨み付ける。

「「人間…?」」

尋ねた声は、
全く同じ言葉で聞き返された。
向こうはどうだか知らないけど、
私からは一切相手の姿は見えない。
ただ、
聞こえた声は低かった。

「私は人間。
…そっちは?」

返事は返ってこない。
それでも一点から目を離さずにいると、
あの低い声が返ってきた。

「…魔族。」

やがて暗闇から姿を現したのは
確かに人間とは異なる肌の色をした
緑の影。
鋭い目、大きな体は
大きなマントを背負っているけど、
膨らんだ筋肉はよく分かる。

魔族…。
初めて見た。
人間とは似ても似つかぬ姿。
共通点は二足歩行という事くらい?
だけど、恐怖は感じない。
私にとって何より怖いのは人間だから。
魔族と聞いて安心した程だ。

「魔族なら…、私を殺せる?」

「容易い事だ。」

「それなら、殺して。
方法は構わない。その代わり骨も灰も残らないように、一発で。」

「…何故俺に?」

「人間が嫌いなの。」

「貴様も人間だろう?」

「だから私は、私も嫌い。
嫌いだから死にたいの。」

言葉が通じるのはありがたかった。
殺せると言い切った貴方は、
私には救いの手に見えた。
ようやく死ねるの。
この命の結びが来た。
私、ずっと貴方を待っていたの。

水浴びの後で良かった。
どうせ跡形も無く消えるのだけど、
ようは気持ちの問題だ。
すっと両手を広げる。
無抵抗の証明。



「断る。」

…え?

「なんで?」

「殺したくない。」

「魔族でしょ?」

「だから何だ?」

「人殺すのに躊躇わないでしょ?」

「ああ。」

「ならなんで?」

「人間の言う通りになどしない。」

「…。」

「お前が生きたいと願った時に殺してやる。」

期待がみるみるしぼんでいく。

「…生きたい、殺さないで。」

「魔族相手に嘘は通じん。」

この変わり身の早さ、
魔族じゃなくたって嘘と分かるでしょ。

「死にたければ勝手に死ね。」

何て冷たい捨て台詞。
さすが魔族。
冷たい魔族は空に浮いて、

「じゃあな。」

…闇夜に溶けた。
今さらながら本当に魔族だったんだなって思う。

「勝手に死ねないから頼んでるんじゃない。」

誰にも届かなかった私の言葉。
魔族との初対面。
第一印象は、大嫌い。
第一も何も
次なんて無いだろうけど。


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