短編

□豆腐日和
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「む。なかなかによい話だ。秀麗は包丁人として迎えようと思っていたが、妹背になるのも悪くはない」
「りっ龍蓮……?」
 怒りで秀麗はぷるぷる震えた。
「何勝手なこと言ってるの!!」
「勝手ではない。藍家直系藍龍蓮と、紅家直系長姫紅秀麗。誰も文句のつけようのない縁談だ。紅家にもその話は行っているはずだな」
「え!? 何の話をしてるの!? 縁談ってナニ!?」
「私と君との合意さえあれば、すぐに婚姻は決まる」
 急な話の展開に、秀麗の頭の中はごちゃごちゃになっていた。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「いい? 龍蓮。誰が文句を言わなくても私が文句を言うわ。あんたのお嫁さんなんかになったら山の中に連れて行かれるに決まってるるじゃないの! 官吏やめなきゃいけないんだったら、誰とも結婚しないわ」
「官吏よりも風流な山中で仙境をともにつくるほうがよほどよいぞ」
「私は官吏がいいの!! わかった!?」
 龍蓮は答えなかった。誰もが見惚れるような笑みをはいて、秀麗の頭をポンポンと叩く。
「豆腐を食べよう。昆布の出汁をきかせてくれ」
「……あんたの話って、本当、脈絡がないのね。いいわ。でも縁談の話は、ホント、なしよ?」
 秀麗は龍蓮を見上げた。龍蓮は答えない。彼にとって、約束は絶対に覆してはいけないものだから。だから、覆すかもしれないことは、言わない。
「帰ろう、『心の友其の一』」
 とりあえず、それだけは揺るがない。秀麗は安心したように笑った。
「ありがとうございます、張おばさん」
 豆腐を受け取る秀麗に、張おばさんはコソッと囁いた。
「秀麗ちゃん、紅家直系長姫なのかい? すごいねぇ……」
 秀麗は唖然とした。官吏や貴族たちの反応とはあまりに違う。茶州で紅家直系長姫の肩書きを最大限利用し、そのために東奔西走した自分が哀しくなってくる。
 貴族と聞いて別世界の生き物と思う人たちには仕方のないことかもしれないが、秀麗もつい二年前までは張をおばさんたちと同じだったのだ。
 なんと言ったらいいかわからなくて、秀麗は曖昧に微笑んだ。
「あいまいど。よくわからないけど、仲良くね。また来ておくれね」
「はい」
 秀麗と龍蓮は歩き出した。龍蓮はつながれた手を前後に大きく揺らした。
「あ、ちょっと、やめなさい龍蓮!! お豆腐の水がこぼれちゃうじゃないっ」
 龍蓮はやめない。さらに大きく手を振る。
「やめなさいって言ってるでしょ! この馬鹿龍蓮────!!!」
 秀麗の怒鳴り声が街中に響いた。

***あとがき***
 どうやら私は官吏としてがんばる秀麗が好きなようです。
 龍蓮と秀麗に手をつないで街中を歩いてほしかったのです。行き先は、「黄金の約束」で「秀麗ちゃんもお年頃だねぇ」発言をした張おばさんに決定。龍蓮と劉輝の言葉遣いが微妙にかぶってしまったかも。
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