長編

□第一章『噂』
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「王が、姫を娶るらしい」

 いつからか、こんな噂が流れるようになっていた。
 朝廷にいる者であれば、羽羽尹が王に妃を迎えさせようと走り回っている姿を何度も見かけているので、誰もが浮き足立った。
「うーさまが走りなさるお姿を拝見できなくなるのは寂しいですけれど……」
 とはひとりの女官の言葉である。
「けれど、わたくしたちはまた、貴妃様のお世話をできるのですね。直接お仕えできるでしょうか」
 頬を染めた年若い女官に珠翠は微笑んだが、何も言えなかった。
 最近の騒ぎは、否が応でも二年前を思い起こさせる。
 女官の姿は香鈴を思い出させた。珠翠と、香鈴と、三人で過ごした春。珠翠にとって、一番楽しかったかりそめの日々。
(主上と、秀麗様は……)
 かつての日々を知るがゆえに、珠翠はひとり、重い溜息をつく。
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