長編

□第四章『彩花』
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 秀麗が後宮に入ると、先に後宮入りしていた他家の貴妃たちが次から次へと挨拶にやってきた。
 まずやってきたのは、碧貴妃だった。碧貴妃は目鼻立ちのはっきりとした気の強そうな女性だった。年は秀麗より二つ三つ上だろう。
「ごきげん麗しゅう、紅貴妃様。碧家の者ですわ」
「まあ、碧貴妃様でいらっしゃいますか? わざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」
 秀麗は微笑を湛えながら、舌を噛みそうな気持ちだと思う。
 実際はするすると言葉が出る。二年前も貴妃だったのだ。なんてことはない。
「今、お茶を入れますので、どうぞおくつろぎください」
 秀麗は「入れさせる」ではなく、わざと「入れる」と使った。良家の姫ならば自分で茶を入れることはなく、自然と「入れさせる」が出てくるものなのだ。
 案の定、碧貴妃はわずかに驚いたような顔をした。
 実際には茶は香鈴に入れてもらって、少しの間、話をする。
「碧家の者が紅家の方にご挨拶に伺うのは当然のことですわ」
「そうですか……。私も藍家の方に挨拶に伺わなくてはなりませんね。でも、同じ貴妃なのですもの。仲良く、いえ、親しくしていただければと思います」
「まあ、お優しいのですね。こちらこそお願いいたしますわ」
 同じような問答は、次々とやってきた黄貴妃、黒貴妃、白貴妃ともした。
 全員が帰ったとき、静蘭が室に入ってきた。静蘭は約束どおり、紅貴妃つきの護衛になってくれたのである。
「お嬢様。お疲れではありませんか?」
「大丈夫なんだけどね……精神的に疲れたわ、なんか」
 秀麗はベシャッと卓にうつぶせになった。
「紅家の姫、ねえ……。藍家以外の五家にとって、紅家ってここまですごいとは思わなかったわ。庶民からしたら七家ってすごいと思ってたけど。何度か紅家の名前は利用したけど、直系長姫だから利用できたのだと思ってたわ。肩書きってすごいのね……」
「秀麗様は紅家直系長姫にふさわしいお方ですわ!!」
 沈んだ秀麗に、香鈴は叫ぶ。
「こんな恰好してても?」
「大切なのは恰好ではありませんわ! それに秀麗様は、いざとなればすべてのお作法を完璧におこなしになるでしょう? わたくしも以前、騙されましたわ!」
「ありがとう、香鈴」
 秀麗は静蘭に向き直る。
「ねえ静蘭、貴妃たちの反応はどうだった?」
 静蘭は紅貴妃の室の外で控えていた。貴妃室を出て緊張が緩む場所で、聡い静蘭が目を光らせていたのだ。が。
 静蘭は固まった。
「あの、ですね……」
 その様子に秀麗はにっこりと笑う。
「よかった。みんな、私を侮ってくれたのね」
「お嬢様、それは……」
「気にしないの、静蘭。私は官吏に戻るんだから」
 貴妃にしては質素すぎる秀麗を見つめ、静蘭はしぶしぶ頷いた。
「うん。じゃ静蘭。出かけるから、一応護衛お願い」
「どちらへ?」
「決まってるでしょ、藍貴妃様の室。紅家は藍家よりも格下なんだから」
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