長編

□番外『ある午後』
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 執務室に入ってきた絳攸を見て、中にいた楸瑛と劉輝は目を瞠った。生真面目な表情は相変わらずだが、どことなく穏やかである。
「やあ絳攸。いい顔しているね」
「……そうか? いつもと変わらんだろう」
「まあ……気づくのはごく少数の者だと思うけどね。そもそも君に表情があるということさえ知らない人が多いし」
「絳攸はズルいのだ……」
 劉輝が机に顎をつけて、恨めしげに絳攸を見上げた。疑問の視線を投げると、劉輝は嘆息した。
「秀麗は…秀麗は、予の妃なのに」
「仮の、ですよ。迎え入れるわけじゃないと断言なさったんですから」
 ビシリと絳攸の指摘が入る。楸瑛は失笑し、劉輝はむくれた。
「余は秀麗なら迎え入れる気満々だぞ!! ……予は六日に一度しか秀麗に会えないのに、そなたは二日に一度は貴妃室に通っているそうではないか」
「……よくご存知ですね」
「楸瑛も静蘭も、報告してくれるからな」
 余計なことを、と絳攸は楸瑛を睨み上げた。楸瑛は苦笑する。
「でも本当だよ。護衛の私は別として、後見人の中では君が一番貴妃室に来ているよ。黄尚書なんか、一度も来ていないとか」
「…………」
 三人は黄奇人を思い出して、なるほど、と遠い目をした。一度も来ていないとなるとまた変わっているが、あの人には変わっているのが普通なのである。
「そういえば、秀麗の後見人にはなぜそなたが立った? 普通なら紅尚書が立つだろう」
 ああ、と絳攸は頷いた。
「黎深様が後見にたったときの秀麗と私の気苦労を、邵可様が気遣ってくださって」
 絳攸はなんとも言い難い複雑な表情をした。
 黎深が後見人になれば、まず間違いなく黎深は貴妃室に入り浸る。秀麗もさすがに迷惑だろう。そして絳攸も。黎深が吏部の仕事をしないのはいつものことだが、秀麗自慢をするに決まっている。その間仕事ができない分、絳攸の負担が増えるのだ。 邵可がそういう采配をしたことで絳攸は内心かなり助かっていたのだが、落ち込んだ黎深を見ると、素直に喜べなかった。
「後見を代わりましょうか」と、何度言おうとしたかしれない。
「それに、紅家はとりあえず后妃をだすつもりはありませんし。黎深様が紅家当主だということは、秀麗の一件で一部高官には知れ渡りましたしね」
 一気に劉輝が落ち込んだ。
 紅貴妃は紅家当主を後見にするまでもない。養い子で十分な地位である。そのことを見せるの必要があると、秀麗の意思とは別に考えて、黎深は邵可の言葉を受け入れたのだった。
「私が貴妃室に行くのは、秀麗に政を教えるためです。秀麗が暇になることなんてないんですから」
 劉輝は上目遣いに絳攸を見た。
「紅家は……秀麗を余にくれる気はないのか」
「秀麗は紅家のものではありません」
「では反対なのか」
「黎深様が賛成するとは思えませんね」
「そなたは?」
 絳攸は一瞬詰まった。ゆっくりと瞬き、小さく息を吐く。
「俺は……秀麗の意思、次第です。秀麗が一番だと思うことを尊重したい、と思います」
 噛みしめるような言葉に、劉輝は瞬いた。目を伏せ、小さく息を吐く。
「……秀麗の意思次第、か……。余も同感だな。秀麗の意思が余に傾いてくれればよいのだが……」
 切なる声に、絳攸は答えなかった。
 楸瑛が静かに言う。
「人の気持ちがほしいと思う人は皆、同じことを思うのでしょうね」
「そなたもそうなのか?」
 ドキリと問う劉輝に、楸瑛は読めない笑みを深くした。
「さあ、どうなのでしょうね……」


***あとがき***
第二回アンケートは長編についてのアンケートでした。ご協力いただいた方、ありがとうございました。お礼文として掲載しておいたものを、こちらに移動させます。投票しなかった方、投票終了後に初めていらした方も、お楽しみください。

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