長編

□第六章『告白』
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 王の執務室に行くと、秀麗は集まった面子に納得したり驚いたりした。
 まず、劉輝のそばでいつもと変わらぬ表情を浮かべているのは悠舜と邵可。黎深は秀麗が行くと一瞬だけ笑顔を見せてくれたが、すぐに仏頂面に戻ってしまった。どうやらまじめな話をするときだけしかめっ面になるようだと秀麗は学んだ。静蘭と楸瑛はいつのまにか貴妃たちのお茶会から抜け出したようで、並んで立っている。
 驚いたのは、部屋の奥の方、劉輝と邵可の少し後ろの辺りに珠翠が控えていたことだ。
(珠翠……? 今まで一度も政のこととか話したことないわよね?)
 それとも、主上付きの女官だから、政の話にも詳しくなったのだろうか。
 秀麗と絳攸が最後に入室し、扉を閉めると、邵可が口を開いた。
「さて、みんな揃ったかな? 藍将軍、人払いは」
「すんでいます」
「ありがとうございます。では始めましょうか」
 邵可は穏やかに周囲を見渡した。
「秀麗が縹家に狙われている、あういは縹家当主が秀麗に接触した、ということは、ここにいる皆さんは知っていますね? 最初に言っておきましょう。原因はすべて私にあります」
 様々な顔が一様にしかめられるが、邵可の顔は変わらなかった。
「縹家について知っていることは?」
 劉輝がそれに答えたが、それも秀麗の知識とたいして変わらなかった。
「縹家についてはあまり知られていませんね。秀麗殿を守るのは賛成ですが、彼らと対等にやり合ったのは『風の狼』だけだと聞いています。それでも相当の犠牲を払ったとも」
 楸瑛が付け足して、邵可はこれに頷いた。
「そう……凄腕の彼らでさえ、縹家には苦しんだ。――秀麗、『風の狼』や『黒狼』のことは?」
 唐突に話を振られ、一言も漏らさぬようにと気を張っていた秀麗は瞬いた。確かに、この中で一番物を知らないのは秀麗に違いない。
「聞いたこと、あるわ。昔、絳攸様に教えていただいたの」
 ――遥かな昔のことにも思われる、二年前にも一度貴妃だった頃。劉輝は本当は知っていたのかもしれないけれど、秀麗はあの時初めて『黒狼』の存在を知った。怖くて――哀しみにも似た怒りが込み上げた。
「そうかい。じゃ、皆知っているね。
『風の狼』の構成員を、通称『狼』と言いました。『狼』は凄腕の兇手ですが、先王に命じられた人しか殺しませんでした。逆に言うと、先王と霄太師、『風の狼』の頭目、『黒狼』しか『狼』を駒として動かせませんでした。宋太傅や亡き茶太保でさえ、『風の狼』についてはほとんど知らず――『黒狼』でさえ、納得ずくですが、先王と霄太師の言われるままに手を汚してきました。――ただ一件を除いて」
 待て、と言ったのは劉輝だった。
「『風の狼』は闇の集団だ。宋太傅や茶太保でさえ知らないものを、なぜそんなにもそなたが知っている?」
 邵可は微笑む。この上なく静かに優しく。
 一人ひとりの顔を見つめ、見つめられた人はその奥にあるものに気づいた。
 そして理解してしまうのだ。
「まさか……」
 かすれる声で秀麗は呟いた。
 いやな予感が背でうずきはじめ、汗が流れ落ちる。信じたくないのに、それは真実だとわかってしまって、膝が震えた。
 隣に立つ絳攸が同じく顔を真っ白にして背をさすってくれるが、それに気づく余裕もない。
 邵可はそんな秀麗を見つめる。その視線には、許しを請うような色が混ざった。
「――私が、『黒狼』です」
 聞いてしまった、というように、誰もが目を閉じた。逃げたかった真実に直面して思うこと。それでも認めなくてはならない。それはこの室に来た時に、暗黙のうちに誓ったのだ。
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