長編

□第七章『潜伏』
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 五日、過ぎた。
 絳攸の下にすべての情報が集まるわけではないが、それでも大体の情報は『影』が持ってくる。縹家は裏で少しは動いているが、大きな動きは見せていない。邵可や『影』、藍家の忍たちと睨み合っている。黎深もちゃんと吏部の仕事をやっているようだった。
 特に、何の心配をする必要もないとわかっている。ただひとつを除いて。
 絳攸は府庫の奥の部屋に向かった。そこはいつも邵可がこもっている部屋で、今は秀麗の隠れ家になっている。
「秀麗、入るぞ」
 府庫の中なら迷うことはない。軽く声をかけて中に入ると、秀麗が勢いよく立ち上がった。
「絳攸様、何か新しい情報が……!?」
「いや」
 必死の形相に、絳攸は首を振った。
 このやりとりをもう何十回したことか。どちらの目の下にも、濃い隈がくっきりと浮かび上がっている。ふたりとも、この五日間一睡もしていなかった。
 秀麗はただひたすらに仕事をし、調べ物をしている。絳攸のために黎深が送ってきた吏部の仕事も、秀麗にやらせた。だがもう限界だ。
「秀麗」
「はいなんですか、絳攸様。まだお仕事はありますか? 頑張りますからどんどん――」
「もう、休め」
「絳攸様」
「五日だ。もう、保たんだろう」
「大丈夫です。ごめんなさい絳攸様。お付き合いさせてしまって。先にお休みください。私は大丈夫ですから」
「お前に仕事をさせて先に休めだと?」
「でもまだお仕事ありますし」
「なら俺がやる。そんなつもりで仕事をさせたんじゃない!」
「でも……」
「でもじゃない!! いいな!!」
 有無を言わせぬ物言いに、秀麗はわずかに笑顔をゆがめた。顔をそらしてかすれる声で言う。
「……できません」
「できない、だと……?」
「本当に、できないんです。眠りたくても。目を閉じるだけで、ダメなんです。何かずっと考えていないとダメなんです。父様のことで頭がいっぱいになって……」
「秀麗……」
 絳攸もわかっていたつもりだった。なにかをしていないといられないと知っていたからこそ、仕事を与えた。どんどんやつれていく秀麗を見守ることしかできない。そんな自分もまた言いようもなく辛かったが、絳攸は秀麗を思って耐えていたのだ。
 秀麗は顔を背けたまま唇を噛んでいる。肩も小刻みに震えている。
 絳攸は秀麗の頬にそっと手を伸ばしたが、拒絶された。
「ダメです。こんな表情、絳攸様に見せられない」
 絳攸も唇を噛んだ。秀麗を思って厳しくしてきたが、こんなときでさえ甘えてもらえないことが、こんなにも苦しいなんて。
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