長編

□第九章『前へ』
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「えっ!?」
 言ったきり、秀麗の頭の中は真っ白になった。
(珠翠が縹家の人間で、『狼』?)
 だが冷静に考えてみたら簡単なことだ。
 縹家は血族の女を集めている。茶春姫のように、異能の女を。もし珠翠が異能で処女であれば、縹家が放っておくはずがない。
 そして、もう一つの可能性。珠翠が異能でなかったとしたら。一族を裏切り『狼』として仇をなしたとして、殺される。
「――珠翠が危ない! 燕青!」
「姫さん、それは俺も李侍郎さんもわかってる。きっと、邵可さんたちもとっくに気づいてる。姫さんの気持ちもわかるけど、だから俺はここを離れない」
 すがるように見上げた秀麗に、燕青は困ったように、だがきっぱりと言った。燕青が言い切るとき、そこには明確な根拠がある。秀麗はそれが知りたかった。それを察した絳攸が言う。
「簡単なことだ。邵可様が気づいているなら、邵可様や静蘭、そしておそらくは楸瑛も、今は筆頭女官のために動いている。燕青を信頼してのことだ」
 燕青は鬚をかいた。
「そ。だから俺は姫さんを守る。誰のためにも、それが一番いい」
 燕青が強いことを、秀麗はよく知っている。だから珠翠を守りに行ってほしいと思った。だがこれが「最善」なのはわかった。
「……わかったわ、燕青」
 秀麗が無理やり納得して頷いたとき、府庫の外でヒュッと風切り音が聞こえた。
 燕青の表情が厳しくなる。
「……来たか。行ってくる。李侍郎さん、姫さんを頼みます」
 絳攸は無言で頷いた。だが今時分に何もできないことはよく分かっていた。こういうとき、もっと強ければと自分を情けなく思う。
 秀麗、と呼ぼうとして振り返ると、秀麗は忽然といなくなっていた。慌てて探すと、府庫の窓の隙間から懸命に外をうかがっている。
 天下一品の兇手たちの戦場だ。危ないと思ったが、絳攸は秀麗の気持ちが痛いほどわかったので、一緒に外の様子を見ることにした。
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