中編

□第二章
1ページ/6ページ

 それでも秀麗は桜の前に立つことをやめなかった。
 やめられなかったのだ。桜は劉輝をを想うよすがだから。
 自分の気持ちを封じようとしたが、できなかった。だが公の場でそれを出すことは許されない。だから秀麗はこの桜の下でのみ自分自身の気持ちに正直になることを許した。
 ――でなければ、きっと、何もかもが壊れていた。

 思うのは、劉輝のことばかり。今もまた。朝議のことを思い出す。
 劉輝は立派な王になった。あの件では王としてきちんと判断を下せていた。私には及びもつかないことを考えるのね、でもあっちの件では板ばさみになって……と。とりとめもなく思い巡らす。
 王が板ばさみで苦しむのは自然の理だ。悩む王はよき王。だが王は、王である前に劉輝というひとりの人間なのだ。
(劉輝は一人で苦しんでいないかしら……)
 大官になればなるほど上に立つものの苦悩が見えるようになる。だが、もし秀麗が「劉輝」という一人の人間を知らなければ、「王の責務」を知らずに王に課していたに違いない。
(いいえ、今でも……)
 劉輝が王である限り、その苦悩は続く。
 後悔、というにはふさわしくないかもしれない。秀麗は劉輝の官吏になることを選んだのだ。ましてや自分の体のことがわかった今、決して后妃になってはいけない。
 でも、と秀麗は思うのだった。あの苦悩を自分から背負ってしまう王を支えたい。いや、劉輝を。いつも一生懸命なひとを。女として、支えたいと。
 無理だとわかっている想い。それでも想ってしまう心。
 秀麗はこの桜の下で、いつも心の中で涙を流す。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ