現代短編

□封印
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 その夜、中学校の校庭の隅、大杉の根本に数人の人間が集まった。
 奈々子は集まった顔ぶれを見る。奈々子を含め、二、三、四、五――一人足りない。いや、これでいいのだと言い聞かせる。どの顔にも浮かんでいるのが、緊張と興奮。その中、一人の男が、声を発した。
「いよいよだ」
 男の視線に、奈々子も視線だけで頷き返した。
 二十年前、奈々子たちはこの杉の根本に思い思いの物を埋めた。そう、いわゆるタイムカプセル。だが奈々子たちのタイムカプセルは普通と少し違っている。
 今夜はそれを掘り出す日。そのために、五人は集った。
 五人のうち、女はふたりだったが、全員が大きなシャベルを持っている。奈々子たちに男女の差はなかった。善いことも悪戯も、六人みんな一緒にやっていたから、ここで男たちが力仕事を引き受けてしまったら、それは奈々子たちにとって侮辱にほかならなかった。
 もちろん二十年たった今では体格差はもろにあって、大型シャベルを男たちと同じように扱うのはさすがに無理があったが、奈々子は少しもためらわなかった。ためらいたくなかった。――右手の引き攣れた傷が、少し疼いたけれども。
 張りつめたような静寂の中、土とシャベルがかみ合う音だけがしばらく星空に響く。子どもの手でどうしたものか、二十年前に奈々子たちが掘った穴は存外に深かった。息が上がって右手の疼きも増したが、汗ばんだ首に夜風が心地よかった。
 ときおり杉の根にじゃまされながら掘り進める。涼しげな音を聞くたびに、奈々子は二十年前に近づく気がした。
 奈々子のシャベルがカツンと何か――土や石とは明らかに違うものに当たった。
「あ」
 思わず漏れた声に、四対の目が一斉に奈々子を見た。それに応えず、しゃがみこんで掘ったばかりの穴に引き攣れた手を入れると、寄ってきた四人の誰かの手も後に続いた。いくつかの手で、錆びきった缶が取り出される。
 奈々子たちはだれともなく互いの顔に視線を巡らせた。やがて視線の合図を受けて男が一人名乗りをあげ、缶に手をかける。
 その中から現れた、ビニール、箱、ビニール、箱……幾重にも包まれた最後の箱を開けると、小さな包みが六つ、並んでいた。
 手渡された手のひらサイズの包みに、古びたラベルが貼ってある。
『ナナコへ』
 不恰好な文字に、思わず笑みがこぼれた。――この字は、誰のだろうか。
 奈々子は自分宛てのカプセルの中身を知らない。くじをして、奈々子の名前の書かれたカードを引き当てた人が、奈々子宛てのカプセルをつくった。奈々子もそうやって、洋平のカプセルをつくった。
 胸が、どきどきする。興奮するとは思っていたけれど、その程度は予想をはるかに越えた。興奮というよりむしろ畏怖にも近い。それでも好奇心を抑えられるはずもなく、奈々子は包みを開ける。
 その中身を見た瞬間、奈々子の頭から一切の思考が飛んだ。ただ、右手の傷だけが引き攣った。
 ――これ、は。
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