短編

□桃色*
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「ねえ、秀麗殿、今日の静蘭、なんか雰囲気が黒いけど、なんかあったのかい?」
 お食事の日。
 ちょっと静蘭が立った隙を見て、楸瑛がコソッと秀麗に囁いた。絳攸はその横で秀麗の作った汁を飲んでいる。
 秀麗は顔を真っ赤にする。
「あれ? 秀麗殿、さてはなにかあったね?」
「いえ、何があったわけでもないんですけど……」
「ダメだよ、さあさ、お兄さんに言ってごらん、秀麗殿のためならいつでも相談に乗るよ」
「じゃ……ひとつお聞きしてもいいですか?」
「どうぞ」
「藍将軍……桃色草子って買ったことあります?」
「ぐぶわっ」
 盛大に吹き出したのは、楸瑛ではなく絳攸だ。
「だっ大丈夫ですか!?」
 秀麗は今までの話もなんのその、手拭を手に絳攸へ駆け寄った。
「ダメじゃないか、絳攸。せっかく秀麗殿が心をこめて作ってくれた一品を吹き出すなんて。これは昆布の出汁かな?」
「そうです」
「……す、すまん」
「それは全然かまいませんけど」
 秀麗は絳攸の手をとって拭いはじめる。その様子に、楸瑛はにやりと笑った。
「秀麗殿の世話は愛情がこもっていて妬けるね。よかったね、絳攸」
 絳攸は無言で楸瑛をにらみ、秀麗は真っ赤になった。
「ちょっと、何言ってるんですか!」
「まあ、うら若き秀麗殿の口から『桃色草子』なんて出てきたら、吹き出したくなるのもわかるけど」
「……お二人とも、桃色草子が何かご存知だったんですね……」
 絳攸は再び吹き出しそうになったが、こらえて抗弁する。
「俺は知らんからな!」
「おや絳攸。秀麗殿の前だからってカッコつけようと頑張らなくたって」
「うるさい! そういう情報がおまえが持ってくるんだろう! 腐れ縁だからな、何度も言われたから記憶に残っているだけだ」
「……そんなにすすめてないけどね。まあいいか。で? もしかして秀麗殿、それ静蘭に言っちゃったとか?」
「え!? 言ったらやっぱりマズかったですか!?」
「いや、いけなくはないけどね……」
 さすがに楸瑛は静蘭に同情した。
 本性は悪魔の静蘭だが、秀麗の前では「カッコよくて頼りがいがあって、優しくて潔癖で素敵なお兄様的家人」を見事に演じている。
 その労力はものすごいのに、秀麗にそんなことを訊かれたら、ショックで立ち直れなくなったとしてもおかしくない。
「でも、どうして秀麗殿は急にそんなことを?」
「今日冗官室に初めて入ったら、桃色草子とかいっぱいあって……。しかも冗官仲間の人からは、『男ってみんなこんな生き物だ』とか言われちゃって……」
「ははあ、それで心配になったわけだ」
 楸瑛は得たりとばかりに笑んだ。
「訊きたいのなら、教えてあげよう。私はね、持ってないよ。だって生身の女性の方が比べ物にならないくらいすばらしいからね」
「…………」
 秀麗は、藍将軍にきいたのは間違いだと思った。
「絳攸は?」
「俺にそんなこと聞くのか!」
「おや、秀麗殿の前で言えないのかい?」
「その口を少しは閉じろ、この常春頭!! 持ってるわけないだろう!」
「よかった」
 秀麗は安堵に笑った。
「静蘭が特殊だって言われて。でも絳攸様もそうだったらどうしようかと思ってたんですけど」
「…………」
 絳攸が特殊なほどに女嫌いだということを、秀麗は知らないのだった。絳攸は秀麗に対してだけは対等に扱うのだから。
 特殊といえば、絳攸に例外を作らせた秀麗こそ特殊(というか特別)だということに、秀麗は気づいていなかった。そんな様子に、楸瑛は密かに笑う。
(……まあ、いいか)
 楸瑛はこんな二人を見ているのが、とても好きだったから。

***あとがき***
桃色草子のことを訊かれて困るのは、静蘭だけでないはずだ、と。絳攸様至上主義の私としては、これを逃がす手はないということで。絳攸をからかう楸瑛、好きです。
 

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