短編

□ちんけな饅頭@
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 深更――
 宮廷内のどこもが寝静まっている。宿直の者までもうつらうつらと眠りに誘う静かな闇が、しっとりと包んでいた。
 ――ただ、府庫だけを除いて。
 煌々と灯かりがともる中、それよりもさらに騒がしく、悠舜、鳳珠、黎深の三人の風変わりな進士たちが、寝る暇もなく、積み上げられた仕事を忙しくこなしていた。
「なんだこの仕事量は! 紅家当主に何と言うことをさせる!」
「紅家当主ながらノコノコ出仕するおまえが悪い。文句言うならとっとと紅州帰れ!!」
「兄上がいるのに帰るわけないだろう。ふふん、うらやましいだろう! 兄上は私だけの兄上だからな。おまえにはやらん」
「ああ、おまえにはもったいない兄上だな。私の兄にこそふさわしい。――というか黎深、さっさと手を動かせ! なぜ三人分の仕事を私と悠舜の二人でやらねばならん!」
「嫌だ。だいたいこれが三人分の仕事か!? こんな量、そこらの官吏なら十人でやっても終わらんわ。鳳珠、おまえ、この仕事推しつけた奴に迫って来い!! そしたら二度と仕事を持ってこんだろう」
「黎深、おまえ、喧嘩を売ってるのか……」
 相手が黎深でなかったら凍りついただろう、怒りのこもった声音だった。
 明らかに鳳珠のせいで、国試及第者が一桁しかいないという恐るべき大珍事が起こったのは、記憶に新しい。
 しかし黎深は平然としていた。
「事実だ、事実」
 鳳珠が言い返し、黎深が返し、どんどん騒がしくなっていく。そのとき。
 ――カタリ、と筆を置く音がした。
 かすかな音だったが、二人の耳にはいやに大きく聞こえた。
 おそるおそる振り返ると、それまで一人淡々と仕事をしていた悠舜が、やつれて隈の濃い顔を優しげに微笑ませていた。
「もう鬱憤は晴れましたか? それほど元気ならば、まだまだ仕事はできますね? 黎深はこれとこれとこれを、鳳珠はこれとこちらの確認を。さっさとやらないと寝る時間がなくなりますよ?」
 目の前に積み上げられた書翰に、二人は真っ青になった。
「ゆっ悠舜……もう少し少なく……」
「だめです」
 やつれていても優しい表情は、目の下の隈だけが迫力を見せつける。この数日間ですっかり悠舜の厳しさをいやというほどわかってしまった二人は、ただただ肩を落とすしかなった。
「……はい」
 悠舜がにっこりと笑う。
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