短編

□李
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 邵可邸の李の花が咲いた。
 ひらりと室の中に入ってきた花びらを目で追い、絳攸は庭院に降りる。
 自分の名前の意味を知ったのは、ちょうど一年前。
 思い出すだけで虫唾が走る、あの元尚書の言葉に迷い、揺れていた頃。邵可に温かい言葉をもらってから、李は絳攸にとって一番好きな木になっていた。
 自分の木、というほど傲慢ではないけれど。
 黎深が好きだと聞いて、自分でも李について調べてみた。きれいだけどいろいろ役に立って、この木を選んだ黎深はやっぱりすごいと思った。そしてその名前を自分にくれたのだとわかったとき、嬉しくて、嬉しすぎて、泣き出したいような、叫びたいような衝動に駆られた。
 自分が黎深が期待した通りに少しでも役立っているのだろうかと、不安も大きくなるけれど。
「……絳攸様?」
 聞き慣れた声に、絳攸は振り向いた。秀麗が縁から声をかけ、自分も庭院に降りてきた。
「いつも、李の木を気にしていらっしゃいますね。花の季節じゃなくても」
「……そうか?」
「気づいていらっしゃらないんですか?」
 秀麗は驚いたように言ったが、絳攸も驚いていた。まさか、気づかれていたなんて。
「まあ、絳攸様の姓がこの木なんですもんね。愛着わきますよね」
 秀麗も気づいている。
「李は、芯がまっすぐに通っているからな」
「それじゃ、絳攸様ぴったりじゃないですか」
 鮮やかに笑った秀麗の顔を、絳攸はじっと見つめた。嬉しかった。
 黙りこんでしまった絳攸に、秀麗は小首をかしげる。
「絳攸様?」
「……この木は、実をつけるのか?」
「え、つけるにはつけますけど……絳攸様、実がお好きなんですか?」
「……まあな」
 苦笑するように言うと、秀麗は何を思ったか、反対側に首を傾げて笑った。
「じゃ、今度おすそわけしますね。すごいですよね。桃栗三年っていうのに、植えてくれた職人さんの腕がいいのか、すぐに実をつけて。お礼したいのに、父様ったら誰からいただいたのか、教えてくれないんですよ!!」
 その理由をすぐに察した絳攸は、何となく笑ってしまった。黎深が秀麗に正式に名乗りをあげられるまで、邵可が言うことはないだろう。
「……もしかして絳攸様、知っていらっしゃるとか? それとも絳攸様がくださったとか?」
「……ちっ違う!!」
 急に慌てた絳攸を秀麗は不思議に思ったようだが、何も言わなかった。
「けど、まだ貧弱な実しかならないんですよ。それでもいいですか?」
「いい」
 さりげなく、黎深にもあげられたらいいと思う。
「桜と李と。今年は桜は咲かなかったけど、今年は咲いてくれそうですし。庭院は私なんです。優しい皆さんのお心で、いっぱいです。賑やかで幸せですね。本当にありがたいです」
 呟くように言って、秀麗は李の木を見上げた。しばらく二人並んで白い花を見つめる。
 やがて秀麗はまっすぐに絳攸を見上げた。
「何があっても、上を目指します。絶対に」
その視線に息を呑む。
「絳攸様、待っててくださいね」
「待っててやる。必ず上がって来い」
 小さな笑みに、絳攸は力強く笑い返した。

 桜は王と秀麗の誓い。李は絳攸と秀麗の誓い。それでいい。
 何度でも秀麗は這い上がる。
 この気に立派な実が成る頃にはきっと、秀麗も多くの官吏に認められるようになるだろう。名乗れているかどうかはわからないけれど、そしたら黎深のところに秀麗と行こう。
 籠いっぱいに李の実を詰めて。

***あとがき***
李をテーマに書きたかったのです。黎深様? 邵可? と考えつつ書いていたら、こんな風になりました。やっぱり李姫好きです。あの微妙な距離。でも甘々も好きなので、いつか続編書きたいな。
 

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