短編

□豆腐日和
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 ピーひょら〜〜。
 厨房でキャベツを切っていた秀麗は、思わず手を切りそうになった。
(わっ危ないっ……でも切りそこねちゃったわ)
 せっかく昼食にはキャベツの千切りを出そうと思っていたのに、見苦しくなってしまった。静蘭も邵可も絶対何も言わないが、二人のことが大好きな秀麗にとってはそのことが限りなくショックなのである。
 ヒョらり〜。
 今度は腹を据えて構えることができたので被害はない。さっきより大きな音だったけど。
 その音が、今度は庭院で聞こえた。秀麗は手を拭きながら迎えに出て、立っていた人物のいつもながらド派手で変テコな恰好にに苦笑した。
「いらっしゃい、龍蓮。人の家を訪ねる時は、ごめんくださいって言うのよって言ったでしょ?」
「確かに言われたな。あれは琥連でのことだ。君が私の胸で泣いたとき」
「龍蓮!」
「何か違ったか?」
「違わないっっけど、そんな言い方しなくても……」
 真っ赤になる秀麗とは対照的に、龍蓮はいかにも飄々としている。なんとなく悔しくて、秀麗は龍蓮を見上げた。
「覚えてるなら、もう一度玄関からやり直してみる?」
 すると龍蓮は嬉しそうに笑った。
「その必要はない。我が『心の友其の一』は、私の声を聞かずとも私の訪れを察してくれるからな。心が通じ合っている証だ」
「違うわよ! あんたの笛で誰だって一発でわかるわよ!」
「心が通じ合っていないとでも言うのか」
「ええ? そりゃ……」
 不意に眉をひそめた龍蓮に、秀麗は気まずくなった。龍蓮が秀麗や影月に対して不快そうになることなんてめったにないのだ。
「通じ合ってるんじゃないの? 『心の友』ってそういう意味でしょ?」
 龍蓮はすぐに機嫌を良くした。きれいな顔から溢れるような笑みがこぼれて、思わず見惚れる。
「昼餉が近いな」
 なんの脈絡も見えない話に、秀麗はポカンと龍蓮を見上げる。
「……はぁ!?」
「その用意をしていただろう」
「そうだけど……」
「今日は豆腐日和だ」
 秀麗はがっくりと肩を落とした。
「……あんたが豆腐を食べたがってるってことはわかったわ。けど何? その日和ってのは」
「さすがは『心の友其の一』、以心伝心だな」
 ……やっぱり龍蓮とはマトモな話ができない。
 秀麗は気を取り直してきッと顔を上げる。
「お昼一緒に食べるつもりなの?」
「む。それはよいな」
「……でも、お豆腐ないわよ? お昼の用意もだいたい終わりだし、食べるとしたら夕餉ね。どうする?」
「夕餉には、湯豆腐を所望する。味付けは君が一番美味いと思うようにしてくれ」
「……わかったわ」
 秀麗は溜め息をついて、龍蓮を家に入れてあげた。
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