短編

□麗しき人
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「はぁ……」
 楸瑛が溜息をついた。
 腐れ縁のめずらしい嘆息に、絳攸は片眉を上げる。
「どうした。女にでもフられたか」
「いや、ね……そうでもないんだけど……」
 絳攸はますます驚いた。女の話をして、楸瑛が喰いついてこないなんて。
 これは何かあったに違いないと判じ、絳攸は立ち上がって窓の外を見た。
「話くらいなら聞いてやる」
「おや」
「腐れ縁だからな!!」
 楸瑛は詰まった。絳攸のそばに寄り、同じように窓の外を眺める。
「フられたわけではないんだけどね、ちょっと気になることがあって」
「何だ」
「……美しかったよね」
「………………は!?」
「いや、絶世の美女だったよね」
「何の話だ!?」
「覚えていないのかい!?」
 信じられないというように楸瑛は目を見開いた。そして深々と嘆息する。
「絳攸……いくら女嫌いだからといっても、美女といってピンとこないなんて……。ほら、ずいぶん前に府庫で出会った女性だよ」
「……ああ、アレか」
「やっと思い出したようだね」
「アレがどうした」
「アレって……ひどいね。まあ、君はさんざんベタベタ触ってたし」
「うっうるさいっ」
「うらやましいな。私は上着を提供しただけなのに」
「うらやましがるな!! 実体があるかどうか確かめてただけだ!」
「実体の有無なんてかまわないよ。私が気にしているのはね、どこの誰かさえ聞けなかったことだよ」
「貴様の頭は常にそれか! あれは幽霊だぞ!?」
「いやだってね、私としては、幽霊でも何でも、あれほどの美人を知らないなんて、自分が許せないんだよ」
「…………」
 絳攸は何も言えなかった。言う気力も失せた。
 そんな絳攸に、楸瑛は少し笑う。
「……秀麗殿と少し似てなかったかい?」
「…………何?」
「いや、ちょっと思っただけなんだけどね」
「馬鹿、秀麗の方がずっと美人だ」
 さすがの楸瑛もこれには絶句した。まさか、絳攸の口からこんな言葉が聞けるとは思わなかった。
「……君の美的感覚はどうなっているんだい?」
「どうもこうも。思った通り言っただけだが?」
「そう……なのかもしれないね、君には……」
 妙に納得したように、妙にうれしそうに笑い出した楸瑛を、絳攸は不思議に思いはしたが、追及しなかった。女の話題で楸瑛の頭についていけるなどとは思っていない。
 笑い続ける楸瑛に呆れながら、絳攸は心の内に笑った。
 認めたくないが、いつもいつも絳攸は楸瑛に慰められているから、今日くらいは――と。
 そんな様子を楸瑛が見て喜んでいることにも気づかない。
 いつもいつも、楸瑛に遊ばれていることに気づかない絳攸様でした。


***あとがき***
「秀麗のほうが美人だ」と絳攸に言わせたかっただけなのに、長くなってしまいました。しかも意味不明。
絳攸様、かわいいです。そしてこんな双花の関係も好き。
 

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