短編

□ちんけな饅頭A
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 絳攸が秀麗を訪ねた。
「どうしたんですか、急に」
 目をそらして口ごもる絳攸を、秀麗は不思議な思いで見ていた。
「あの、な、頼みたいことが、あるんだ。いいか?」
「絳攸様が、私に、ですか? もちろんですよ、私にできることならぜひ」
 乗り気の秀麗に、絳攸は安堵した。深呼吸をひとつ。
 ガバッと直角に腰を折った。
「頼む!! 俺に饅頭の作り方を教えてくれ!!」


『饅頭を作ってこい。明日までだ』
『嫌です。俺の饅頭を不味い不味いと言ったのは黎深様でしょう』
『不味い饅頭を作ってこいとは言わなかっただろう。覚えが悪いことだ』
『…………』
『おまえ、こないだ面倒だから私の代わりに朝議に出ろと言ったときもイヤだと言ったろう』
『あれは普通、各省庁の尚書が出るもんでしょうが!』
『数年前、私の嫌いな某重臣の鬘を公衆の面前で偶然を装ってカッ飛ばしてつるっパゲにしてやれと言ったときも、イヤだと言ったな』
『……い、言い…ましたよ』
『それより前、街の八百屋までおつかいに行ってこいと言ったときも絶対イヤだと言ったな』
『だっ…だってあれは……!!』
『さらに前、王都の女装大会少年部門に出て優勝商品の米俵百俵をもぎとってこいと言ったときもイヤだと言ったな』
『…………』
『おまえがイヤだと言って、実際にそれを貫けたことがあったか? ん?』
 何度も繰り返した会話に、またもや絳攸は負けたのだった。もう何連敗したかわからない。


「と、こんな理由でな……」
「絳攸様がそんなに逆らえない人なんているんですね……」
「まあ、イロイロとな……」
 絳攸は少し焦った。黎深のことは微妙に伏せて言ったのだが、訊かれたらマズい。
 秀麗はしばらく何か考えていたようだが、やがて絳攸を見上げるように言う。
「ひとつ、お訊きしていいですか?」
「こ、答えられることなら」
「女装大会に出たことあるんですか?」
「う……」
 絳攸は顔をひきつらせた。言うんじゃなかった。
「しかも、優勝して米俵百俵?」
「……」
 絳攸は早く話をそらしたかったが、秀麗があまりに真剣なのでしぶしぶ頷いた
。すると秀麗はいきなり突っ伏した。
「しっ秀麗……?」
「絳攸様、ひどいです!!」
「え!?」
「あの米俵百俵、庶民の大切なご褒美だったのに!!」
 いや、ツッコミどころが違うと思いながら、絳攸はなぜか謝る。
「あ…すまん……」
「あれ、もらった家からみんなお裾分けしてもらってたんですよ!! ……ああ、
あの年ですね!! あの大会、普通は庶民しか出ないのに、一回だけ貴族が出たって。しかも、優勝! 子どもたちは『お米たべたいよー』って言って、でも大人たちは『かわいかったからいいか! あれは将来絶対別嬪さんになるぞー』って
。あれが絳攸様だったんですね!!」
「……」
 そんなことがあったのか。というか、楸瑛だけじゃなく、見ず知らずの他人までにそんなこと言われていたのか。しかも、別嬪なんて……。かなりショックである。
「ね、絵姿とか残ってないんですか?」
「ない!!」
 興味津々の秀麗に、絳攸は思いっきり断言した。
 本当は、黎深と百合姫の部屋に、未だに飾ってあるのだけど。
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