短編

□初夜
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 長かった師弟関係。いつしかその想いは恋を通り過ぎ、愛へと変わり、秀麗と絳攸はめでたく結ばれた。
 紅家にとっても、願ったり叶ったりの縁組みだ。ただ、劉輝、静蘭をはじめとする多くの恋敵たちだけが、複雑な想いをしていた。その多くは心からの祝福もしていたが。


 絳攸は、自室の隣に新たに設けられた寝室に入るなり、足を止めた。
 そんなに広い室ではない。「お嫁さん♪秀麗姫♪」と大張り切りの黎深や百合姫、家人たちに「嘆願」して、調度品などもなるべく簡素にしてもらった。豪奢を秀麗が喜ぶとは思わなかったし、いろいろ揃えるにしても、一緒に選びたかった。
 では何に足を止めたかというと、大きめの寝台だった。「夫婦」という言葉が浮かび、嬉しく思ったが、それに付随するものにためらいを感じたのだ。
 絳攸は室を見渡し、寝台に座った。その柔らかさにぎょっとし、そわそわと視線を動かす。やがて何が変わるわけでもないと気づき、湯浴みをしているはずの秀麗をただほけっと待った。


 秀麗はきれいに乾かされた髪をもてあそびながら、「二人の室」に案内された。
 ドキドキしながらひょっこりと顔を出すと、絳攸が寝台にぽつねんと座っていた。
「頑張ってください」
(頑張ってって……)
 使用人に背中を押され、秀麗は室に入った。
「絳攸様」
 声をかけると、絳攸は顔を上げた。いつもの顔に安心して、秀麗は絳攸に歩み寄った。
「お隣、いいですか?」
「あ、ああ……」
 秀麗は寝台に腰を下ろし、その柔らかさに驚いた。
「すごい、こんな寝台あるんですね。後宮でもこんなふわふわの寝台、お目にかかれませんでしたよ」
「ああ、俺も初めてだが」
「何でできているんでしょうか」
「砧草を原料にその道の職人が綿に仕上げると、こうなる、と聞いたことがある」
「へえ。絳攸様、やっぱり物知りですね」
 そこで二人は同時にハッとした。このままではいつもとちっとも変わらない。
「……」
 二人は沈黙する。最初に動いたのは絳攸だった。
「あの、な、秀麗。別に、俺のこと、呼び捨てて、いいんだぞ。その、夫婦、なんだから、な」
 つっかえながら言う絳攸に、秀麗はぱちくりと瞬いた。
「絳攸様って呼んじゃだめですか? 私、この呼び方がいいです。妻が旦那様を呼ぶんですもの、変じゃないでしょう?」
「ああ」
 秀麗の微笑みに誘われるようにして、絳攸も微笑んだ。そしてすっと手を伸ばして秀麗を抱き上げ、自分の膝に横に座らせた。
「絳攸様?」
「本当に……夫婦になれたんだな」
 しみじみとした言葉に秀麗は目を閉じた。
「ええ、夫婦です」
 横から抱きしめられた腕に手をそえて、秀麗は絳攸の肩口に顔をうずめた。それだけでもう、胸がいっぱいになる。
 香の中に墨が少し混じったような匂い。絳攸にしみこんだ文官らしい匂いは、湯浴みをしても消えなかったのだ。ずっとこの匂いを近くでかぎたかったのだと、秀麗は気づいた。
 幸せなひとときを過ごしていると、秀麗はやがて、座っているところに何か硬い異物を感じた。
「あの、絳攸様、何かヘンなものありますよ、この辺……」
 秀麗が絳攸の腿の付け根あたりを軽くつっつくと、絳攸は真っ赤になった。
「ばっばか! 触るな!!」
「え!? ごめんなさいっっ──て、何? …………あ」
 いくら鈍い秀麗でも、さすがになんとなく察してしまった。「ごっごめんなさいっっ」
 同じく顔を真っ赤にして慌てて立ち上がろうとする秀麗を、絳攸は引きとめる。
「いや、いいんだ……」
 さらに真っ赤になりながら、絳攸は顔を上げ、秀麗と目が合う。
 長い間、黙って見つめ合っていた。その間に、顔の赤みは少し引いて。
 すっと引き寄せられるように顔が近づき、唇の先で触れあった。
 最初はためらいがちに、やがて深くなっていく。
 力強い唇に、過去の二人の求婚者が一瞬秀麗の脳裏をよぎった。
(なんだろう……)
 上手、といえば、劉輝や茶朔洵のほうが、ずっと上手なのに。
 ただ想いをぶつけるような無骨な口接けが、これほど嬉しいとは思わなかった。
 こんなにも、欲しい、なんて。
 探り合いながらもつれ合うように寝台に倒れこむ。
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