短編
□琢磨
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「キレイになったな…」
珀明は手を止めてぼんやりと呟いた。
珀明は邸の中で絵を描いていた。
芸才はないと太鼓判を押されてしまった珀明だが、門前の小僧のならいか、手すさびくらいには描ける。それでも長い間筆をとっていなかった。
なぜ、今急に絵を描きたくなったのかはわからない。
凛とした横顔はすっきりと美しく。
まっすぐな視線はとても勁く。
どんな哀しみを背負っても、いつも光を目指して歩いている。
自分の才でそんな彼女の魅力が表現できないことは重々承知している。だがどうしても描きたくなったのだ。
「――珀明様。お客様がお見えです」
家人の言葉に珀明はふと顔を上げる。
「誰だ?」
「紅秀麗様でございます」
「しゅ…秀麗?」
はかったような本人の登場に、珀明は動揺する。
「はい」
あくまでも淡々とした家人の言葉に、珀明は息を吐いた。
「──通してくれ」
「わかりました」
絵筆を置いて、立ち上がる。秀麗は何の用事で来たのだろうかと、珀明は秀麗の来る隣室へと足を向けた。
そのとき。
「お連れいたしました」
家人の言葉とともに扉が開いて、秀麗が姿を現した。
「こんにちは、珀。急にごめんね」
「なっなんでここに……!?」
「お饅頭持ってきたの。好きでしょ?」
「そうじゃなくて、なんでこの室なんだ?」
「なんでって、珀が通してくれたんじゃないの?」
不思議そうに言う秀麗に、珀明は必死に頭を回転させる。そしてやっと自分の失態に気づいた。
(――隣室に、と僕は言っていなかったのか……!?)
言った気でいたので、室の中を片付けていない。散らかっているということはないのだが、見られたらマズいものがある。
「あああああのな秀麗!」
「あら? 顔料のにおい…絵でも描いたの? 見せてよ」
珀明の努力も虚しく、秀麗は「ちょっと失礼するわ」と言って室に入る。そして室の真ん中に広げた描きかけの絵を見て声を上げた。
「あ……!!」
止めるまもなく室に入られ、呆然と立ち尽くしていた珀明は、その声を背中に聞いた。振り返ることができない。見られてしまった。なぜ秀麗の絵を描いているのか、明確な理由がないまま、どうして顔を合わせられるだろう。