短編

□秘密
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「せいらぁ…せいらぁ……?」
 弱々しく呼ぶ声がした。静蘭は読んでいた本を置き、寝台へと駆け寄る。心配顔で秀麗をのぞき込むと、秀麗は真っ赤にした顔をにこっとほころばせた。
「せいらぁ…でるぅ……」
 秀麗の上には厚手の布団が三枚かけられている。大人でも重い布団からもぞもぞと出ようとする幼な児に、静蘭は眉をひそめた。
「ダメです、お嬢様。あったかくしておかないとよくなりませんよ」
 秀麗はぷうっとむくれた。それでもすぐにおとなしくなった。自ら布団を直すように身じろぎをして動かなくなった秀麗に、静蘭は安堵のため息を漏らした。その口許に微笑が浮かんでいるのも知らず――
 静蘭は秀麗の額の上の布を取り、桶の水に浸す。首筋の汗も拭ってやった。少しは涼しく感じるだろうか。
 布を額に置き直すと、やっと秀麗の表情がやわらいだ。
「元気になれば、またお庭を歩きましょうね。お嬢様のお好きな大根も大きくなっていますよ。お嬢様がもてないくらいに。旦那様と奥様と掘りましょう」
「せいらぁも、せいらぁも、いっちょね?」
 静蘭は軽く見開いた。病床でも自分を心配してくれるその心が、限りなく愛しい。
「……ええ、ご一緒させていただきます」
 秀麗は嬉しそうに笑い、目を閉じた。

 秀麗が寝てしまっても、静蘭は寝台の側を動かなかった。もともと本は読んでいるふりをしていただけだったのだ。ずっと寝台に張り付いていると知られるのは、高い矜持が許さない。この家の主たちは知っているようだが、あの人たちにはかなわない、他の家人たちに気取られねばいいと思っていた。
 だが今はその矜持もかなわない。愛しさに駆られて、静蘭は秀麗の顔をじっと見つめる。
 ――儚い、命。
 この幼な児に出会ったのはたった一年前だが、そのときからずっと秀麗は病弱だった。紅州を出て自分と会った茶州に来て、王都貴陽へ――よくその旅に耐えられたと思うほど。
 生まれたときからそうなのだと聞いていた。
 いつまで永らえるかわからぬ命。だがこれほどまでに一つの命に執着したのは初めてだった。
「お嬢様……ずっと私の側にいてくださいますか……?」
 吐息のような呟き。眠る秀麗は答えない。
 静蘭は寝台に身を乗り出す。桜桃を思わす唇の端に、優しく口接づける。
 今までにしたどんな口接けよりも、優しい口接け。
 今までにしたどんな口接けよりも、大切な想いを秘めて。
「約束、ですよ……」
 静蘭はそっと呟いた。


***あとがき***
このネタを思いついたのはいったいいつでしょう…。
『桃色*』や『ちんけな饅頭@』くらいの時期ではないかと。
実は初静秀なんですが、静秀と呼んでよいものか…
静蘭と秀麗の関係は、これくらいが好きです。

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