短編
□螺旋の愛憎
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「タンタン、これ届けてきてくれる?」
振り返り、秀麗は苦笑した。
「いない――んだっけ」
陳腐なヘボ小説並みの反応をしてしまった。
だがそれは、秀麗にとってごく自然の反応で。――どれだけ蘇芳が自然に寄り添ってくれていたかがよくわかる。
下級御史の小さな部屋も、なんだか広く感じる。
「ごめんね――ありがとう、タンタン」
地方行きとなってしまった蘇芳に、秀麗はそっと呟いた。
「さーて、やることやらなきゃ! せっかくタンタンがつないでくれた首だもの!」
秀麗が腕まくりをしたとき、カチャリと音がして室の扉が開いた。
「今日も無駄に元気なことだな。今日は俺のための練りものはないのか?」
不快男の登場に、秀麗のこめかみにピキリと青筋が浮いた。
「あるわけないでしょ! だれがあんたなんかのために! 他人の部屋に、戸を叩きもせずに入るなんてサイテー男のすることね。仕事ができるようになる前に、人として最低限のことを学ぶべきだわ!」
「ほう。俺が仕事ができることは認めるわけだ。まあ当然だな。実力差は歴然だ」
「あんななんかに負けない。あんたの背中を追ったりしない。あんた以上に仕事ができるようになってみせるわ!」
鋭く清雅を睨みつける秀麗を見て、清雅は倣岸に嗤った。
(そう、この表情が、なんともいえない)
冷静な目で実力を見て、それを認めた上での思い。そしてこの思いを打ち砕くのも、清雅の愉しみなのだ。今もまた。
「タヌキに失態をなすりつけて生き残るとは、お前にしては上出来だな」
秀麗の息が、一瞬詰まった。
蘇芳からの申し出とはいえ、秀麗が蘇芳の犠牲の上に御史台に残ったことには変わりない。だから秀麗は反論できなかったのだ。
……いっそのこと、皮肉らしく言ってほしかったのに、と思う。
清雅の口調は揶揄も含んでいたが、本気で褒めているようでもあった。
「あんたの正義はなんなの?」
必死で息をして、秀麗は問う。正義? と清雅は嘲笑した。
「そんなモンが存在しないのは、お前もよくわかっているじゃないか。ま、出世かな。しいていえば、だが」
「そんなの……!!」
反論しようと声を上げた秀麗に、清雅はずいと顔を近づけた。
「お前の甘っちょろい正義と俺の思いを一緒にするな」
凍てつくような凄みを持った低い声で言われて、秀麗は息を呑む。
清雅の思いは何なのだろうと考えたことは何度もある。冷たい仕打ちをし続けた彩七家や王家に対する復讐の意味もあるのだろう。だけど、そのためにした仕事の数々は、確かに官吏としての責務を全うし、民に利が回っている。
していることは一緒なのに、秀麗が目指すものを完璧にこなしているのに、どうしてこんなに違うのかと、秀麗は憤りにも似た哀しみさえ覚えている。
ふと清雅がニヤリと笑んだ。
何かと思ったとき、後頭部に何かが触れた。
机案だとわかるまで少し時間を要したが、清雅との顔の距離をとろうと無意識にのぞけっていたため、ついには机案につくほどになってしまったらしい。
逃げ場がなくなった秀麗に、清雅はなおも迫ってくる。