贈物

□贈り物
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 寒空の下、二胡の音が響く。邵可邸を出た細く優しい音は、道行く人全ての心を安らげた。
 ──ただひとりを除いて。
 絳攸は邵可邸の門の前で仁王立ちになっていた。が、門番のいないこの邸では、絳攸を邸の中に案内してくれる者などいない。結果、ずいぶんと前からこうして門の前で一歩も動いていないのだった。
 絳攸の手の中には小さな包みがひとつ。いつもだったら一声かけるだけで邸内に入るものを、こうまでためらっている理由がこの包みにあった。
 だがやがて優しく流れる玉の音に魅かれて絳攸は邸に足を踏み入れる。
 二胡の音がどこから聞こえてくるか、絳攸は知っている。門から右に廻って入る小さな庭。桜と李の木が共に立つ、この邸で一番華やかな場所だ。
 今は花を待っている季節なので閑散としているが、いつの季節でも、秀麗がその庭が見える場所で物思いにふけるのを絳攸は知っていたのだ。
 思った通りの場所で秀麗は二胡を弾いていた。穏やかな表情と妙なる音に身を任せると、日頃の疲労も消えていく気がした。
 曲が終えて、目を開ける。秀麗は二胡を抱えたまま庭院を眺めていた。
 秀麗はふいに絳攸に気づき、心底驚いたように目を丸くした。
「絳攸様!? いつからそこに……」
「半刻ほどか」
「声をかけてくださったら良かったのに……」
 秀麗は頬を染めた。少し膨れた頬はどこかあどけなさが残っていて、先程の表情とも官吏の時の表情とも違う。素の秀麗に触れたような気がして、絳攸はかすかに笑んだ。
 絳攸がのんびりと秀麗の隣に腰かけると、秀麗は首を傾げた。
「……どうしたんですか?」 「ん? 特にたいした用事はないんだが。――悪いか?」
「いっいいえ。とんでもないです。よくいらっしゃいました」 秀麗は慌てて否定し、破顔した。
 絳攸が庭院を眺めると、秀麗は囁くように言う。
「安心します、この場所」
 それは、桜にも李にも守られているからということか。
「絳攸様とこうしてのんびりするのも、いいものですね」
「……ああ」
 答えた瞬間、居心地が悪くなった。明らかな嫉妬の入り交じる殺気に貫かれたのだ。それが誰のものかは一発でわかる。
(いらっしゃってたのか……)
 少し考えればありえそうなことだと思う。この殺気は、早くしろ、ということか。
 絳攸は「包み」の存在を思い出して緊張した。
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