贈物

□迷子の果てに想う
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(こっここは……?)
 絳攸は「どこだ」という言葉を心の中でさえも使わなかった。使ってしまったら、絳攸は自分の負けを認めることになる。
(くっ……俺は迷ってなんかいない。断じて!)
 だが目の前に広がるのは見知らぬ光景ばかり……。
 そのとき、絳攸はハッとした。ひとつだけ、知った影を見つけたのだ。
「秀麗!」
 秀麗は珍しく下を向いて歩いていた。絳攸の声に顔を上げる。
「絳攸様?」
「どうしたんだ? 元気がないが」
 秀麗は驚いたように見開き、そして笑った。その顔はいつもの顔で、絳攸は少しホッとする。
「案件が終わったんです。けっこう大変な仕事だったんですけど、結局よく分からなくて疲れちゃって」
 秀麗は監察御史だ。他の部署以上に透明性が低いのだろうと絳攸は納得する。
「こんな時間まで大変だったな。もう終わりか?」
「あとほんの少しありますが、すぐ終わります」
「そうか。なら待っている。送ろう」
 侍郎であり紅家当主の養子である絳攸はもちろん軒で登城している。
 一方秀麗は徒歩だ。邵可にしても静蘭にしてもそうだが、軒で登城してもおかしくない地位になっても、彼らはずっと徒歩である。
 夜遅くもあるし、絳攸は当然のように言った言葉だったが、秀麗は仰天した。
「そんな……! 絳攸様をお待たせするなんて」
「少しなんだろう? 待つ」
「でっでも……!」
 秀麗は慌てた。尋常でない慌て方に絳攸は不思議に思うが、すぐに納得する。
 秀麗のことだ。「すぐ」というわけではないのだろう。大量とまでは言わないが、「ほんの少し」のはずがない。
(まったく……)
 絳攸は悟られないように笑った。この真面目さには頭が下がる。
「いい。待っているからさっさと済ませて来い」
 有無を言わせぬ様子に、秀麗は跳ぶように背を向けた。
 秀麗を微笑んで見やり、ハッとする。
(しまった……!)
 と思うものの、後の祭りである。
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