頂物

□契約
1ページ/1ページ

「私、誰とも“結婚”はしないわ」


女性初の官吏は、父に告げた語句と意志を変える事なく謂った。

ひとつだけ違うのは、彼女が涙を零し、泣いていなかった事だ。


自然が創った豪快な彫刻と評せる顔立ちの男は、真摯な表情の元上官を眸に映すと、一度だけゆっくりと瞬いた。


「まぁ、姫さんが決めた事だから、いいんじゃねえ?」

清々しい程に爽やかな声音と返答に、秀麗の方が一瞬反応が遅れる。

「…な、何よ。もう少し位、驚いてくれたって」

「此れ位で一々驚いてたら、キリねーもん」

「…不思議に思ったりしないの?」

「理由が在っての事だろ」

淡々と返す燕青に、秀麗は眉を顰める。


「………悲しい、とか思ってくれないの?」

「へ?」


震え呟く様な祈りに、燕青は言葉を失う。

二人の間に静寂が満ちた。


己が決心した要件に対し、秀麗自身が腑に落ちないのは…従順過ぎる燕青の態度。
目尻から、透明な雫が次々に零れる。


「な、何でもないわ!」

否定か反対か…其の反応を彼から望んでいた、と自覚する。

涙を隠す為に俯く秀麗のあかぎれの手に、武骨な指が触れる。


「あのな、姫さん」


耳を擽るは、何処迄も優しく厳しい声。


「俺にとっては“結婚”て、名だけの契約なんだ」


俺は名門の生まれじゃないし、と付け加えたかの様に笑って謂う。


「其の名の契約がなくたって――」


華奢な躰付きだが背筋がピンと伸びた少女を、燕青は厚い胸板へ力強く抱き寄せる。


「俺は姫さんを抱くし」


引き締まった体躯の体温と、香る大地の香を秀麗は感じた。


「姫さんに接吻するし」


俯いていた顔を上げさせられ、白桃の様な頬を伝っていた涙に燕青は唇を寄せる。




「姫さんの傍に在るからな」




いつも陽気な光を称える双眸が弧を描き、老若男女から好かれる笑みを浮かべる。



「……馬鹿」

其の笑顔と言葉に、秀麗の胸の中が熱くなる。

露になっている左頬の十字傷に指を愛しそうに添えると、擽ったそうにして男は謂う。


「うん、識ってる」

首に腕を廻し、互いに額を当てる。



「ずっと傍に居てね」

「離れたい、て思うなよ」



ゆっくりと重ねる唇が、二人だけの契約。




(…“抱く”って、意味にも二重あるの解ってくれよな、姫さん)



『彩花』の10000hitフリー小説『初夜』のお礼にいただきました!!
私が書きたくても書けなかった燕秀です!! 感動!!
しかも、燕青の魅力大放出!
燕青のあたたかみというか、おおらかさが見事に表現されていて、優しい気持ちになれます。
いいなぁ…。
素敵な小説をありがとうございました!

シノ様。
サイト:ブルーミルク

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ