頂物
□契約
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「私、誰とも“結婚”はしないわ」
女性初の官吏は、父に告げた語句と意志を変える事なく謂った。
ひとつだけ違うのは、彼女が涙を零し、泣いていなかった事だ。
自然が創った豪快な彫刻と評せる顔立ちの男は、真摯な表情の元上官を眸に映すと、一度だけゆっくりと瞬いた。
「まぁ、姫さんが決めた事だから、いいんじゃねえ?」
清々しい程に爽やかな声音と返答に、秀麗の方が一瞬反応が遅れる。
「…な、何よ。もう少し位、驚いてくれたって」
「此れ位で一々驚いてたら、キリねーもん」
「…不思議に思ったりしないの?」
「理由が在っての事だろ」
淡々と返す燕青に、秀麗は眉を顰める。
「………悲しい、とか思ってくれないの?」
「へ?」
震え呟く様な祈りに、燕青は言葉を失う。
二人の間に静寂が満ちた。
己が決心した要件に対し、秀麗自身が腑に落ちないのは…従順過ぎる燕青の態度。
目尻から、透明な雫が次々に零れる。
「な、何でもないわ!」
否定か反対か…其の反応を彼から望んでいた、と自覚する。
涙を隠す為に俯く秀麗のあかぎれの手に、武骨な指が触れる。
「あのな、姫さん」
耳を擽るは、何処迄も優しく厳しい声。
「俺にとっては“結婚”て、名だけの契約なんだ」
俺は名門の生まれじゃないし、と付け加えたかの様に笑って謂う。
「其の名の契約がなくたって――」
華奢な躰付きだが背筋がピンと伸びた少女を、燕青は厚い胸板へ力強く抱き寄せる。
「俺は姫さんを抱くし」
引き締まった体躯の体温と、香る大地の香を秀麗は感じた。
「姫さんに接吻するし」
俯いていた顔を上げさせられ、白桃の様な頬を伝っていた涙に燕青は唇を寄せる。
「姫さんの傍に在るからな」
いつも陽気な光を称える双眸が弧を描き、老若男女から好かれる笑みを浮かべる。
「……馬鹿」
其の笑顔と言葉に、秀麗の胸の中が熱くなる。
露になっている左頬の十字傷に指を愛しそうに添えると、擽ったそうにして男は謂う。
「うん、識ってる」
首に腕を廻し、互いに額を当てる。
「ずっと傍に居てね」
「離れたい、て思うなよ」
ゆっくりと重ねる唇が、二人だけの契約。
(…“抱く”って、意味にも二重あるの解ってくれよな、姫さん)
『彩花』の10000hitフリー小説『初夜』のお礼にいただきました!!
私が書きたくても書けなかった燕秀です!! 感動!!
しかも、燕青の魅力大放出!
燕青のあたたかみというか、おおらかさが見事に表現されていて、優しい気持ちになれます。
いいなぁ…。
素敵な小説をありがとうございました!
シノ様。
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