長編

□第三章『入内』
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 そのとき、バンッと扉が開いた。現れたのは黎深である。
「しゅっ秀麗!! 私も君の饅頭が食べたい!」
「え? 黎深叔父様!? お仕事はどうされたんですか? 今は公務の時間ですよね?」
「う……」
「黎深。また絳攸に仕事を押し付けてきたわね!?」
「う、うるさい。絳攸は私の仕事をするのが仕事なんだ」
「違うでしょ? 絳攸には侍郎の仕事があるのだから」
「………………それより百合、何だ? 秀麗の饅頭を独り占めしようとは」
「独り占めじゃないわよ。絳攸には作ってあげてねってちゃんと言ったもの」
「なぜそこに私の名がないっ!?」
「だってあなたはただのオジサンでしょ? 私は秀麗の叔母様で、秀麗とはこーんなに仲よし」
 百合は秀麗を抱きしめた。
「待て、私も……」
「絳攸は言うまでもないわね? 秀麗とはとても仲良しだし、尊敬する師だし、信頼しあっているもの。あなたはなに?」
「う……」
 黎芯は言葉に詰まった。やがて、
「私は誰よりも秀麗をかわいいと思っているぞ。なあ、秀麗」
 相槌を求められても、秀麗はあいまいに微笑むしかできなかった。返事をしばらく考えて、
「叔父様にもお饅頭を差し上げますから」
 黎深の目がみるみるうちに潤んだ。
「仕方ないわね」
 百合姫が楽しそうに笑う。秀麗の目にはそれが不思議な反応として映った。
「あの、そんなに喜んでいただけるのでしたら、明日の夕餉にでも、私が何か作りましょうか?」
「そうしてくれるのかい!!!?」
「はい」
 百合姫が首をかしげる
「でも秀麗、どうせなら、今晩でもいいんじゃない?」
「いえ、明日でお願いします」
「どうして?」
「だって、絳攸様がいらっしゃらないじゃないですか。吏部では泊り込みは日常茶飯事だって聞きますし。だから、明日。叔父様、絳攸様と頑張ってお仕事をして、早く帰ってきてくださいね」
 秀麗はにっこりと笑った。黎深は奮起した。
「任せなさい、秀麗。君のために明日は早く帰ってくるからね!!」
(見事だわ……)
 見ていた百合姫は内心で秀麗に拍手喝采を送った。意識していないところがなおさらすごい。
 黎深の扱いはこの世で三番(一番は邵可、二番は悠舜)と思っていたが、三番の座は明渡さなくてはならないかもしれない。

 次の日、吏部で奇跡が起こった。
 尚書が真面目に仕事をしたのである。
 例のごとく柱に頭をぶつけて失神する者が続出したが、黎深が本気になればそんなことは少しも問題にならない。
(秀麗のおかげだな……)
 事情を何となく察した李侍郎だけが薄く笑っていたが、それ以外は首をかしげるほかなかった。そして鬼畜侍郎の薄笑いにまたもや倒れる者が増えた。
 仕事が終わると、就業時間も終わっていないのに、尚書が侍郎を引っ張って嬉しそうにどこかへ飛んでいったという噂のみが流れた。

 かなり早く返ってきた二人に百合姫は呆れ、秀麗は驚いたが、にっこりと笑って豪華な晩ご飯をつくってあげた。
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