長編

□第四章『彩花』
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 秀麗が藍貴妃の室に行くと、傍には楸瑛が控えていた。
 が、秀麗は知らないふりをした。まず先に挨拶すべきは藍貴妃である。
「お初にお目にかかります、藍貴妃様。紅家の者です」
 藍家の姫ならば秀麗の名前も血筋も十分に知っているはずだったが、秀麗はこう名乗った。名前も伏せる決まりである。
 藍貴妃秀麗も、互いに上品に名乗りあったのだが、
(すごいわ……これが本当の姫ね)
 藍貴妃は絵に描いたような美少女だった。
 もちろん胡蝶や珠翠、香鈴や春姫といった美しい女を見慣れている秀麗がそれだけで心酔することはなかったが、「劉輝のお嫁さん候補」として見ると、少々複雑にもなる。
 おまけに微笑むそばから気品が溢れているのだ。
(后妃にぴったりね。……劉輝もこの方なら……)
 一抹の寂しさを胸に、秀麗は思った。その時。
「……いや、参ったね」
 今まで黙っていた楸瑛が、苦笑交じりに呟いた。
「それは、君の作戦かな? それとも絳攸の?」
 楸瑛は完璧な貴妃としての秀麗も、劉輝や龍蓮を怒鳴りちらすような普段の秀麗も、どちらも知っている。藍貴妃との会話の中で、楸瑛は秀麗の立ち位置を見定めていたのだった。
 秀麗はしとやかに首を傾げてみせた。
「何のことでしょうか、藍将軍」
「おや、冷たいね」
「当たり前です。藍家のせいでございますから」
「それを言われるとこちらも辛いんだが……」
 さすがの楸瑛も、藍家当主たちには反論できない。
「まあ、……秀麗殿が自分で言い出したようだね。絳攸が言うわけないから」
「どういうことでしょう」
「皆、君が馬鹿にされるのが我慢がならない、ということかな。もちろん私もね」
 パチリと片目を閉じる。
 秀麗は、ほほほ、と笑った。適当にあしらいたくはあったが、貴妃の立場ではそれもできない。
「それより藍将軍、あの、藍貴妃様の専属護衛になられたんですね」
「ん? まあね。なるべく所縁のある人を、ということだから……」
「じゃ、静蘭もそれで?」
 楸瑛は答えられなかった。
 本当は貴妃の護衛は左羽林軍の仕事で、静蘭は護衛につけないはずなのだが、楸瑛は静蘭の魔性の微笑みの餌食になったのだった。ちなみに白大将軍も右に同じだ。
 それに、秀麗には縹家についての懸念事項もあるのだ。静蘭が護衛につく以上のことはない。
「では、藍貴妃様」
 秀麗は藍貴妃に向き直る。
「三ヶ月間、よろしくお願い申し上げます」
 あくまでも格下として挨拶し、秀麗は退室した。
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