長編

□第七章『潜伏』
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 だから絳攸は秀麗の腕を引いた。よろけて倒れこんできた秀麗の頭を胸に抱え込む。
「こっ絳攸様!?」
「表情は見ない。見えないから、気にするな」
「でも……」
「頑張れるのはおまえのいいところだが、頑張りすぎだ。これは仕事じゃない。泣き言も聞いてやるから」
 秀麗はしばらく戸惑っていたが、絳攸にしがみついた。それでも泣かない。
「父様が『黒狼』だったなんて……。あの優しい父様が……ううん、わかってるんです。父様はいつでも優しい。だからこそ、一番辛いのは父様だって……。でも、人を殺すって、千人も万人も殺すって、平然と、平然じゃないのに言っちゃうのが父様なんて……。
 私は甘ちゃんだけど、御史台でいろいろ見てきて、厳しいことも必要だっていうことも少しはわかったつもりです。受け入れられるもの受け入れられないこともあったけど、それを現実として認められるようにもなったつもりです。だからたとえ父様が人を殺したというのが本当でも、決して無駄には殺していないって、暗殺が行われるたびに国がよくなっていったのも確かだってずっと前に絳攸様がおっしゃたのも今ならそうかもって思わないでもないんですけど……。
 でも、じゃあ何? 私が茶州でしてきたことは何なの? 無駄じゃない人殺しって何!? 人の命って、そんなに簡単に失われていいものなの!? って。……人の死をたくさん見てきて、生きていくって、本当はすごく難しいって、私は身に染みてわかっています。だから茶州でも頑張ったのに。一方で平然と人殺しをしていたなんて……。許せなくて……。父様のこと、大好きなのに。一番苦しいのは父様だってわかっているのに!! 恨みたくないのに……!!」
 秀麗は泣いていた。それほどまでに、心が張り詰めていた。
 絳攸は秀麗の震える肩をただあやすようになで続けた。
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