和風中編

□狼男伝説〔前編〕
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「絶対に、なんて約束できないが、待っていておくれ。三年後には帰ってくる。私は二十二、そなたは十七になる、その年明けまでに私が帰らなかったら、そのときは諦めておくれ」
「……そんな……!」
 すがりついた緤を抱きしめて、
「きっと戻るから」
 愁一郎は言った。
 どうして愁一郎が閭を出て行ったのか、正確のところは知らない。友だちが何とか、切迫した状況があったようだ。ただ、「深山を通って行く」と愁一郎は言った。そして、その『深山』という言葉は緤の耳にずっと残っている。
 だから緤は深山へ行く。
行って愁一郎を捜し出すのだ。


 雪道を歩くのは慣れていたつもりではあったが、山道を歩くのは思いのほか大変だった。
 藁沓の中が雪で冷たくなったことなどなかった。
 寒さと動きやすさのために脚絆をたくさん捲きつけた。とはいえ、貧しくてそんなに布もなかったから、膝丈の小袖を裂いて足に捲きつけ、あとは藁で代用した。
 そのほうが雪山にはいいだろうと思っていたのに、一日歩き続けるころには、藁の中で解けた雪が脛の周りの脚絆をどんどん湿らせ、緤の膝を凍えさせた。
 夜になれば蓑に包まって寝た。空が晴れていることなど稀で星は見えないし、周囲の木々を見失って道に迷うことが怖かったからだ。
 食料など、ない。動物など冬には取れないし、だいいち緤は弓矢を使えない。だから、家から持ち出したわずかの穀物で栄養を取り、木の皮を剥いで火で炙って、それで空腹をなだめた。
 だが、火を起こすのも一苦労である。枯れ葉や枯れ草は雪の下。木の枝だって湿っている。それでも火を起こさなければ凍え死んでしまうから、手に数多の傷を作りながらも火打石を使った。そして、その火で雪を溶かして飲んだ。
 そうして何日も深山を歩きつづけたときである。
 緤は吹雪に見舞われた。雪山を歩き続けて疲れ果てた緤にそれをやりすごす力はない。
 視野を真っ白に包み込む景色の中で、手を伸ばす。ずっと前に亡くなった祖母がしてくれた昔語りのように、そこはとても温かかった。
 ――愁一郎さま……。
 緤は静かに目を閉じた。
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