和風中編

□狼男伝説〔後編〕
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 緤は、ろうすけを捜して洞窟内を歩き回っていたが、ろうすけはどこにも見つからなかった。
 見ていない場所は入り口しかない。しかし入り口にいたら、あの鋭い視線でろうすけに睨まれる。でも一人でいるのは怖い――と同じところにある考えに、緤は思いを巡らせ、逡巡していたのだ。
 だが結局、緤は入り口へと向かった。そこは風と雪が吹き込んではいたが、ろうすけの姿は見あたらなかった。
 厳冬の冷たい風が身を切るようではあった。が、緤は洞窟の外を見つめていた。ぽっかりとあいたその口からは、夜であるにもかかわらず、周囲の様子が見ていた。
 今宵は満月―――
 ふと、ろうすけの言葉がよみがえった。そう、月光が木々を黒々と映し出しているのだ。
 緤はその光景に、ほう、と溜息をついた。月の下に浮く雪山の姿がかくも美しいとは思わなかった。
 そこに、真っ黒な点が見えた。何かと思って目を凝らすと、それはまっすぐ洞窟に近づいてくる。さらに見ていると、それは獣で、そして狼であることがわかった。
「ひっ」
 緤は悲鳴をあげた。狼は人を襲うものだ。この食糧の乏しい季節、緤は喰われるかもしれない。
 緤は腰を抜かした。逃げようと必死に四肢に力を込めるが、力を込めた矢先にどこからかすぐに抜けて行く。
 狼は、もうすぐそこまで来ていた。緤との間合いは、三尺ほどもない。
 鋭い眼光が緤を射抜く。
 狼は緤の隣まで歩み寄ると、そこに腹をついて寝そべった。驚いた緤は、視線だけを動かしてその闇色の狼を見つめた。
 狼は目を閉じている。こうしていると、鋭さはかけらも感じない。ただ奇妙な温かみが感じられるだけだ。
 怖かったが、緤はそっと狼の首筋に手を差し込んだ。その毛は長くてやわらかく、心地よさそうに狼が瞬きをしたので、緤はそのままその毛を梳いた。
 すると狼はすっくと立ち上がった。もとのように威風堂々と言った風情だ。緤が驚いていると、狼は奥へ歩き始めた。ちらりと振り返り、緤を一瞥する。ついて来いと言われているようで、緤はゆっくりと立ち上がった。
 導かれて行った先は緤の部屋で、ろうすけに穿ってもらったたいまつ置き場もちゃんとある。緤は目を瞠った。
 何をするかと思って見ていても、寝台代わりの藁の側に座ったまま、狼は動く気配を見せない。仕方なく、緤も藁の寝台に腰を下ろした。
 いつものように風の音を聞いていると、狼がそっと立ち上がって部屋の外に歩き出していた。
「待って」
 とっさに緤はそう言っていた。まるで母親と赤子みたいだ。そしてこんなとき、母親はもう一度戻ってきて優しく寝かしつけてくれるが、この狼は行ってしまう。そんな気がした。
 案の定、行ってしまった。振り返ることもなく。
 緤は寂しさに打ちひしがれて、両手で顔を覆った。
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