現代短編

□封印
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 奈々子の思考を支配していた静寂は、洋平のすっとんきょうな声で破られた。
「なんだこりゃ?」
 奈々子はその声にぴくりと反応し、うかがうように洋平を見る。洋平は包みを開けたまま、手紙を読んでいた。奈々子が、贈り物であるチョコと一緒に入れた手紙。
 洋平は一通り目を通すと、奈々子を見た。ひどく真剣な顔。二十年前の奈々子だったら、きっとその視線から逃げていたと思う。そしてもし、洋平が少しでも隙を見せたなら、今でも奈々子は笑いにごまかしていただろう。だけど洋平は昔と変わらず、まっすぐに奈々子を射抜く。
 ああ、と奈々子は知らず、胸を押さえた。奈々子はこの瞳にほれたのだ。じゃれあっているときが一番楽しかったけれど、ほんの一瞬だけ見せるこの表情が奈々子は一番好きだった。だから毎年二月十四日には手作りチョコを作った。ほとんどは奈々子の腹に納まり、そして最後のひとつは、時の中に沈めた。
「食う」
 おもむろにチョコに手を伸ばした洋平に、奈々子は洋平の手を叩いた。
「何言ってるの、おなか壊すでしょ?」
 だって、と洋平は唇を突き出す。
「奈々子から手作りもらったことないし」
 他の女の子はみんな手作りだったのに、と洋平は続けた。
「……悪かったわね」
「だから」
 伸ばした洋平の手の先から、奈々子は包みをとりあげた。
「……そんなにほしいなら、作ってあげるから」
 しぶしぶ言った奈々子に、洋平はにっこりと笑う。洋平は食べたいと思っているのではない、と奈々子にはわかった。距離が近かったゆえに奈々子が言えなかった、そして洋平が気づけなかった奈々子の気持ちを受け止めようとしている。受け入れる、のではなく。
 そんな優しさがうれしくて、奈々子は作ってあげると言った。不器用な奈々子がチョコ菓子を作っても、不味くなるだけだと分かっていたけれど。
「サンキュ」
 本気で期待しているのか慰めなのか、洋平は大きな手で奈々子の頭をがしがしと撫でた。その手を振り払いながら、奈々子はうつむいて笑みを隠した。
 そのとき。
「――それ……」
 驚きをあらわにした声に、再び奈々子の中に静寂が戻る。それは前とは違ってあたたかで、奈々子は洋平に微笑んだ。
「そう。これ。さすがね。最高のタイムカプセルだわ」
 奈々子の膝に乗っているのは、汚れたガラスの破片。見ただけで、誰からのものかわかった。奈々子がいちばん憧れていた人。六人のうちただひとりだけ、今ここにはいない人。
 奈々子は手紙を出し、右手の引き攣れた傷を見つめる。この傷が、奈々子を散々に苦しめた。
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