短編

□ちんけな饅頭A
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「じゃ、作りましょうか。材料はさっき確認したとおり、用意しましたよ。お粉は小麦粉ですからね。米粉じゃありませんよ」
「う……わかった」
 絳攸はずっと、皮は米粉でできていると思っていたのだ。米の饅頭もあるにはあるのだが、一般的なものは小麦粉から作られるのだと、さっき初めて知ったのだ。
「あ、餡はどうします? 今の時期だったら粒餡作れますけど。お肉とかも入りますよ。それとも果物の砂糖漬けとかにします? 作り置きがあるから、すぐに作れますよ」
「簡単なのにしてくれ」
「じゃあ、砂糖漬けにしましょう。柚子でいいですか?」
「ああ、頼む」
 秀麗はにっこり笑った。
「これね、簡単だけど、ものすごくおいしいんですよ。母様の好物で。すると父様や静蘭や私の好物にもなるわけで」
 秀麗の笑顔がわずかに曇った。
 その母親はもういない。この穏やかで暖かい家庭のヌシは、、秀麗がまだ小さい頃に、急に亡くなったのだという。
「……そうか」
 痛ましい思いで絳攸がそれだけ言うと、秀麗は顔を上げて微笑んだ。
「じゃ、作りましょうか」
「ああ」
 秀麗に教えられながら、懸命に生地をこねる絳攸を見て、秀麗は小さく笑った。
「……なんだ」
「いえ、いつもと立場が逆で、ちょっと不思議な感じがしただけです」
「そうだな。俺は料理が全くできないから……」
「でも以前お見舞いに来てくださった時、作ってくださったんでしょう? 私は食べられなかったんですけど」
「……静蘭にしごかれてな」
「静蘭、優しいけど厳しいでしょう」
 秀麗は笑った。優しいのはお前に対してだけだと絳攸は思った。
「……次は、どうすればいい?」
「丸めるんですよ。ちょっといいですか?」
 秀麗は器用に柚子の砂糖漬けを生地に包み込み、形を整えた。
「上手だな」
「簡単ですよ。絳攸様もやってみます?」
「ああ」
 しかし絳攸は上手にできなかった。なぜかベシャッと潰れてしまうのである。
「絳攸様、ペンペン叩きすぎです。優しく撫でるように、そうっと」
「あ、わかった……」
(絶対、静蘭に教えてもらうよりいいよな……。まあ、わかっていたことだが)
 秀麗に教えられた通りに作った饅頭はどこかいびつな形をしていたが、それでも以前絳攸が作ったモノよりも遥かに饅頭らしい。
「で、できましたね。あとは蒸すだけです」
 疲労の滲む笑顔を浮かべた秀麗に、絳攸は心の中で謝った。
(悪い、秀麗。俺の覚えが悪いばかりに……)
 頭を使うことは基本的に得意だが、他のこととなると人並みにもできない自分に絳攸は最近気付いた。その点秀麗はすごい。
 ひとつひとつ丁寧に説明してくれる秀麗に頷きながら、絳攸は蒸し上がりを楽しみに待った。


出来上がった饅頭を見て、絳攸は感動した。
「すごい……ちゃんと饅頭に見える」
「そりゃそうですよ。お饅頭ですから。……試食、してみます?」
「ああ」
 食べて、さらに感動した。
「……うまい」
 じっと饅頭を見ていると、秀麗が背伸びをした。絳攸の頭に手を置き、ためらいがちにくしゃくしゃと撫でる。
「しゅっ秀麗……!?」
 秀麗ははにかんだ。
「よくがんばりましたね、絳攸様。さすがです」
「ん? いや、おまえのおかげだ。礼を言う」
「いいえ」
「で、この『なでなで』は何なんだ?」
「え? あのですね、絳攸様、私をほめてくださるとき、いつもああしてくださるでしょう? あの瞬間がですね、とってもうれしくて、頑張ってよかったと思えるので……」
 今は立場が逆だから、自分で『なでなで』してみた、というわけか。
 とはいえ、「さすがは絳攸様」などと言われても、自分が不器用なことを自覚している身には、なんとも複雑な心地になるだけだ。
 それでも、その行為は絳攸を慕ってくれているから出た言葉だとわかっていたので、それがとても嬉しかった。
 無言で、仏頂面(頬がゆるんでいるという自覚ナシ)のまま秀麗の頭を逆に撫でると、秀麗は嬉しそうに笑った。
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