短編

□初夜
2ページ/3ページ

 一度唇を離したとき、二人の息は上がりきっていた。
 自分でも知らなかった淫らな自分への羞恥に顔を赤らめながらも、互いに見つめ合う。
 未知の領域への不安はあった。だが、そのひとときはとても幸せで。
「……いい、のか?」
 ためらいがちに、絳攸はきく。
 秀麗は瞳を潤ませて小さく頷いた。
「俺は、……初めてだ。勝手もよくわからん。主上や楸瑛と比べるなよ」
 秀麗は淡く笑んだ。
「比べる、なんて。他の誰と一緒にこんなことしたいと思ってらっしゃるんですか。私は、そんな絳攸様だから好きですのに」
 絳攸もかすかに笑み、おそるおそる、手を伸ばした。
 その後の様子は────
「えっこっ絳攸様、くすぐったいです」
「あ、すまん」
「いえ……、──ぎゃ、どこ触ってるんですか!」
「わ、悪い、が、しかしな……うわっ」
「え、絳攸様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ……」
 やがて、そのやりとりも、次第に優しい音に変わっていく。
 何度も幸せの絶頂を味わい、何度もけぶる吐息をもらし、やがてふたりは疲労困憊した様子で寝台の中で並んで上を向いていた。
 秀麗は絡めた指先の感覚を楽しみながら囁く。
「ちょっと……疲れましたね」
 本当はちょっとどころではないのだけど。
「そうだな……。俺は大丈夫だが、おまえは大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「だが、相当痛がっていただろう」
「本当に痛いのは、最初だけでしたから」
 本当は、今も辛い。だが秀麗はそれを言いたくなかった。絳攸は動けない秀麗に代わって破瓜の血さえ厭わずきれいにしてくれた。ぎこちなく、でもとても優しくねぎらってくれる絳攸だからこそ。
「藍将軍て……いつもこんなこと、いろんな女性とやっているんでしょうか」
「……俺にはあいつの気持ちがさっぱりわからん」
「私もです。……けど」
 秀麗はころんと転がって体ごと絳攸を向いた。
「こんな幸せもあったなんて」
 ひとつになる。ただそれだけのことなのに。
 絳攸も同じように転がって、秀麗を見る。目の前に現れた胸に軽く触れて、秀麗は絳攸を見上げる。いつもは厳しい絳攸の瞳が、今はとても優しい。
 胸が締めつけられる思いがして、ふいに涙がこぼれた。
「秀麗……? 痛む、のか……?」
 絳攸が少し慌てたように顔をのぞきこむ。頬を撫でてくれる大きな手が温かい。
 秀麗はその手を胸に包み込み、ゆるりと首を振った。
「違うんです。……なんか、幸せで……。こんなにいっぱい、いいのかなって……」
 絳攸の腕が秀麗の頭を優しく抱える。導かれるままに、秀麗は絳攸の肩のあたりに頭を寄せた。
「それは、おまえだけじゃない。俺も……幸せだ。これからずっと、おまえと一緒に歩いていけると思うと」
 耳朶にかかる囁き声。「歩いていける」という言葉に秀麗に笑みがもれた。
「……夫婦ですもんね」
「ああ、夫婦だ。おまえの辿りつきたい場所に、俺も行きたい」
 秀麗は絳攸を見上げた。曇ることのない炯眼を、まっすぐに射抜く。
「ずっと一緒に。輝かしい国と、暖かい家を」
「ああ、つくろう」
 二人は微笑み合う。絳攸が掛け布の下で秀麗の腰を引き寄せると、どちらからともなく唇で触れあった。互いの温もりの中で、幸せな眠りについた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ