短編

□琢磨
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 珀明はしばらく秀麗に背を向けて立っていた。
 しかし秀麗は声を上げたきり、いつまでたっても反応がないので珀明はおそるおそる振り返り――驚いた。
 秀麗は泣いていた。顎に伝う涙が襟元を濡らす。
 珀明は息を呑んで秀麗の顔に見入った。そして描きかけの絵に視線を落とし、自分でも驚いた。
 美しい官吏の顔だ。凛とした横顔をこんなにうまく表せるとは思っていなかった。そしてその向こうに、隠しきれない女の艶がある。
「私……こんな顔をしていたの……?」
 秀麗の問いに、珀明は答えられなかった。涙の理由が知りたかった。なぜ? と視線を上げて問う。
 それを受けて、秀麗は微笑んだ。
「官吏になるためには、女を捨てないといけないと思ってた。私がどんなに頑張っても、女というだけで差別してしまう人がいるから。……いい意味でも悪い意味でもね」
 秀麗は鼻をすする。
「でも、珀の絵を見て、女でもいいって言われてる気がして」
 安心したのだ、と秀麗は言った。珀明にも、その意味がわかるような気がした。
 女だからいいとか悪いとか思ったことはなかった。自分の理想にまっすぐで、何度踏みにじられても起き上がって、がむしゃらに走り続けて。その姿を見つめていたら、いつの間にか女としての部分まで見てしまっていただけのことだ。
 言い訳をするのも嫌なので、珀明は正直に言うことにした。
「碧家の絵は、描く者の見る世界そのものだ。俺なんて全然だがな」
 夏梨の絵を知る秀麗ならば、わかると思った。
 べつに愛の告白をしたわけでもなかった。自分の中にその定義があるのかさえ、珀明は知らない。
 そっけない言い方に元気が出たのか、秀麗はごしごしと目をこすり、一息つくと笑った。
「ありがと、珀明。私、あんたの絵好きだわ。私が私で頑張っている限り、あんたは私を認めてくれる。女としての部分も全部含めて。そうでしょ、珀?」
「ああ、そうだ」
 珀明は頷く。
 きっと、秀麗が自分を振り向くことはないだろう。
 彼女はずっと高みを目指している。
 だから珀明は自分の気持ちに名前をつけなかった。
 気づいて傷つく想いならば、気づかないほうがいい。
 こうして時折お互いを確認し合い、磨きあう石であればいい。




***あとがき***
珀明に絵を描いてもらうネタは、サイト開設当初よりありましたが、熟成に時間がかかってしまいました。
そうしていると、本編ではあんなことに…
珀明に、朝廷に残ってほしいと思いをこめて、アップします。
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