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□僕と詐欺師とクリスマス
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立海大付属中学テニス部にはクリスマスなんかない。イブもクリスマス当日も朝から晩まで練習練習練習だ。
でも、それは去年までの話。部活を引退した今、イブもクリスマスも自由だ。だけど、自由になったからっていきなり予定が入るはずもなく、今年のクリスマスは部活の仲間とクリスマスパーティーをすることになった。
発案者は幸村くん。幸村くんが言うことを反対できるわけもなく(反対するのはおかたい副部長くらいだけど)、受験生にも息抜きは必要だということでその計画は即決定された。


何だかんだ言ったって、クリスマスパーティーは楽しみだ。だって、ケーキにチキンにプレゼント。嫌だと思う要素なんて一つもない。

それに、冬休みなのに仁王に会える。

それだけで、幸せな気分になれちゃう俺は、けっこうな乙女だと思う。





「え?仁王と比呂士、来ないの?」
クリスマスパーティー当日。ケーキ担当になった俺は、はりきって2つも作ってしまった。だけどそれは、甘いものが苦手な仁王のために甘さ控えめのケーキを作ろうと思ってしまったからで。それなのに。

「仁王と比呂士が来れない、…って何で?」
「仁王は急用。柳生はインフルエンザにかかった妹の世話だとよ。」
「そっ、か。」

比呂士のは確実に嘘ではないだろう。仁王と比呂士っていうから、最初は二人でなんかしてんのかなとか思っちゃったけど、比呂士が妹を理由に休むときは絶対嘘じゃないって知ってる。だってあいつシスコンだし。
だけど、仁王はどうかな。急用なのは本当かもしれないけど、用事の内容がいかにも怪しい。また女関係で何かあったのかもしれない。
最悪だ。



「「「かんぱーい!」」」
結局クリスマスパーティーは二人抜きで行うことになった。

「あ、デブン太先輩ケーキ食い過ぎっスよ!」
「んだと、このワカメ!誰が作ってきてやったと思ってんだよ!」

いつもみたいにぎゃあぎゃあ騒いで笑ってジャッカルを困らせて、すごく楽しい。来年はこのあほなワカメと一緒に部活はできないんだし、今日くらい可愛がってやろうかななんて思えてくる。きっと今日だって「先輩達もうすぐ卒業だし一緒にパーティーしたいっス」とか健気なこと思いながら来たのかもしれない。なんだよこいつ可愛いじゃん。

「お前可愛いなー。」
ぽんぽんと頭を撫でていると、
「あれ、チビデブン太先輩また背ぇ縮みました?」
なんていう禁止ワードが二つも入った言葉を使ってくる。
前言撤回だ。こんなやつぜんっぜん可愛くねー!!

「お前、もうケーキ食うな!」
「わ、ひどいっスよー!」

こんな風景はいつもどおりすぎる。当たり前すぎる。…それでいい。なのに。

「丸井、こっちのケーキ甘さ控えめでなかなかうまいな。」
「え?…っあー、そっかなー。あんがと!」

柳の馬鹿。なんでそんなこというんだ。

当たり前の時間なのに、当たり前の存在がいない。それがこんなにも寂しいなんて知らなかった。
仁王が来てたらきっと甘さ控えめのケーキを少しだけ皿にとって、特等席の壁にもたれかかれるベンチの端っこに座って、俺と赤也とジャッカルのやりとりにときどきくすって笑って。
俺は仁王が少しでも笑ってくれるのが嬉しくて、きっと少しでもケーキを食べてくれるのも嬉しくて、仁王がすることならなんでも嬉しくて。
いつも、はりきっては空回り。


いい加減ちょっと、切ない、かもしれない。




そのあとプレゼント交換が行われて、俺は幸村くんが持ってきた花の種をもらった。花なんて育てたことなかったけれど、大切に大切に育てようと思った。
俺が持ってきた使い古したラケットは赤也に当たった。長い間使ってたんだけど、あまり手に馴染まなくて、ラケットを変えてから捨てようか捨てまいか悩んで結局捨てられなかった。だから、誰かが使ってくれたらと思って持ってきたのに、赤也が手にした瞬間に泣きだすから、…また、切なくなった。





お開きになったあと、なんだか家に帰る気分じゃなくて、寒いなか学校のまわりをぶらぶらと歩いた。
よく仁王と立ち寄ったファミレスとか夏の時期だけアイス販売車が現れる駅前とか肉まんとあんまんを半分こずつにして食べた道とか。気が付けばどんな場所にも仁王雅治があって困った。とっても困った。

「これじゃ、何かあってもずっと忘れられないだろぃ…。」


仁王と二人でよく来た公園のブランコを少しだけ漕ぎながらぽつり呟く。白い息と一緒に、言葉は冷たく澄んだ空気に溶けていった。
少し目をつぶって、目を開けたと同時に、手のひらに冷たいものを感じた。
「雨?」
かと思ったら雪で。


「わー、雪だあ!」
一人はしゃいで立ち上がると、ブランコががしゃんと音を立てて揺れた。

「ジングルベール、ジングルベール、ゆっきがー降るー♪」
自慢の歌声を煌めく星達に披露していると、ブランコがキィと動きだす音がした。何となく振り返ってみると。



「雪が降る、じゃなくて鈴が鳴るじゃろ…。」



見覚えのある尻尾髪。

「…仁王!?」
「そんなに驚くことなかろうに。」
「や、だっ…て、お前用事は?」
「今終わったとこ」
「あ、そうなんだ。お、お疲れ様。」
「いえいえ」

お疲れ様はおかしいな、って自分でもわかって、俺は相当動揺混乱してることを理解した。

「クリスマスパーティーどうだった?」
「え?あ、いつもどおりだったけど…」
「ふーん」

そんなことより何でこんなところにいるんだ、と言おうとしたのにタイミングを逃して聞きそびれてしまった。
仁王に会えたのは嬉しいけど、正直驚きすぎてどうしたらいいのかわからなくて焦る。え、夢じゃないよな。まじ仁王?

「楽しかった?」
「あ、うん、騒いで笑ってジャッカルを困らせた。」
「ははっ。簡単に目に浮かぶのう。」

まだ動揺は治まらないけど、俺は仁王が笑ってくれるのが相当嬉しいみたいだ。
それから、プレゼント交換で花の種をもらったこととか、赤也が泣いたこととか嬉々として話す俺の話に仁王は笑いながら聞いてくれた。



「用事なんだったの、って聞かないんやね。」

でもいきなり仁王がそんなこというから、俺はまた混乱する。
だって聞いてもいいのかな。仁王は詮索を嫌うから、聞きたくてしょうがなかったところを我慢してたのに。

「聞いてもいいの?」
「ご自由に?」

ずるい。
仁王が乗っているブランコは微かに動きながら、キィと軋む音で寒さを際立たせている。寒い。雪が降ってるからか。
なんて、仁王のことと関係ないことを考えながら傷ついてでも聞くべきなのかなという考えが離れなくなる。
結局俺は仁王が嫌がることをするのがいやなんじゃなくて、自分自身が傷つくのがイヤなだけなのかもしれない。
なんてちっぽけなんだ。

「丸井、聞いて?」

俺が黙っていたのが珍しかったのか何なのかわかんないけど、仁王はそんなことを言ってきた。
そんなこといわれたら聞くしかない。やっぱり仁王はずるい。

「用事なんだったの?」

と、仁王は左手に持っていた、いかにもケーキが入っていそうな小さな箱を俺の顔の前にひょいっと差し出した。
仁王が立ち上がったと同時、さっきと同じようにブランコががしゃんと音をたてて揺れた。

「コレ、買ってきたんよ。」
「コレ、ってケーキ?」
「うん、丸井に。」
「え、俺に?」

目の前に出された箱を手にとってよく見てみるとあるマークが入っていることに気付く。
それは、俺が前々から行きたい行きたいと言っていた某有名高級洋菓子店のマークだった。

「これっ!」
「俺からのクリスマスプレゼント。」
「……何で?」
「何でって丸井が食べたいって言ってたんじゃろが。」
「そ、そうだけどっ」
そうだけど、そうじゃなくて。何で俺にプレゼントをくれるんだ、とか、何でわざわざ買ってきてくれたんだ、とか。
聞きたいことはそういうことなのに聞けない。

「食べてもいい?」
「言うと思ったぜよ。どーぞ食べんしゃい。」

仁王の考えてることがわからない。わからないのはいつものことなんだけど、今日は特にわからない。
表情だっていつもの意地悪なものじゃなくて、すごくやわらかい。ふわりという言葉が似合う感じだ。

ぱくっ。

箱を開けて中からでてきた、ぴかぴかに光るイチゴが乗ったショートケーキに噛り付く。
口に含んだ瞬間に広がる、丁度いい甘さのキメ細やかな生クリームと小さな気泡がたくさん含まれたふわふわのスポンジの組み合わせがなんとも絶妙で、ベーシックな味なのに食べたことのない味で驚いた。

「〜っ、うまいっ!天才的!」
「そりゃよかった。」
ふわりと微笑む仁王とおいしいケーキに不思議な気分になる。
不思議な気分とともに自惚れてしまいそうになる。

仁王は何を考えているのかわからない。だから、きっと俺はまた空回ってしまうかもしれない。そんなのかっこ悪すぎるだろぃ。


カチリ。

ケーキを夢中で食べていると金属の音がした。口のなかには固い感触。その固い感触の原因を口から出して見てみると、それは綺麗な弧を描くシンプルな指輪だった。


「おー、よく見つけたのう。食べるんじゃないかってヒヤヒヤしたぜよ。」

仁王はそう言って、俺の手のひらにある指輪をとって付いていたクリームを舐め取った。
それから俺の左手をとる。


「丸井、どの指がいい?」



「…お前、言ってることとやってることがバラバラだ…」

仁王は俺の左手の薬指に指輪を嵌めながらくくっと笑う。

「しかもベトベトするんですけど…」
「そこは我慢じゃ丸井」

しれっという仁王が可笑しくて、くすくすと笑ってしまう。つられて仁王も笑う。


男が男に指輪をプレゼントして、しかもそれを左手の薬指に嵌めるというのは、周りから見ると確かにおかしな光景だ。けれど、そんなのも気にならないくらい、俺は幸せで。

「なぁ、俺プレゼント用意してない」
「わかっとるよ。別に俺欲しいものとかないし」
「…本当に?」
「…あ、ねじとドライバーが欲しい」
「何ソレ、意味わかんない」

俺たちはまたくすくすと二人で笑った。

だけど、俺が笑ったのは仁王の欲しかったものが可笑しかったからだけじゃなくて、仁王が本当に欲しいものを言わなかったことに対してもだった。
ここまでしておいて何も言わないなんて、仁王は本当にずるい。




「仁王が欲しいのは、俺だろぃ」



俺の左手の薬指にしっかりと嵌まった指輪を見せながら言い放つ。
すると仁王は困ったようにも嬉しいようにも面白がってるようにも見えるような笑い方をした。

俺はその笑い方が気になってしょうがなかった。
仁王は俺がそんなこと言うなんて思ってなかったのか、それとも言われたものが思ったとおりのことだったのか。

頭の隅っこで、言ったらまずかったかなとか、やっぱり自惚れてしまったのかなという不安が少し、ほんの少しだけ見え隠れしている。
そんなの気にならないくらいには、俺が言ったことには自信がある。それは嘘じゃない。


「あー、何でバレたんじゃろ」


あ、ほら、やっぱり。
自信があったのは本当だけど、ほっとしてしまうのは否めない。


仁王が俺に一歩近づく。距離が近くなると、どうしても顔を見るのに上目遣いになってしまうのが悔しいかぎりだ。よりによって今、俺の目には涙が溜まってしまっているかもしれないのに。


仁王はそのまま距離をゼロにした。
仁王に抱き締められながら、ほんの少しケーキの心配をして、あったかい温もりに心から幸せが込み上げた。いつも低体温で、手も頬も冷たくて俺が熱をわけてばかりなのに、今日は仁王がとてもあったかい。それにすごくドキドキする。


「サンタさん、おしゃべりじゃ。もう欲しいもの教えんとこ」
「日々の行いが悪いからだろ」
「あー、なるほどな。で、涙、止まった?」
「は、…泣いてないし」

び、っくりした。
何だよ仁王のやつ、かっこつけやがって。…畜生。

また泣きそうになる。



少し仁王は俺から離れて、「そういえば、」と続けた。
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