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□棘を持ってる薔薇が好き
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寒さが和らいできた春の始まり。今日は比較的暖かいけれど、急に暖かくなるわけでもなく、やっぱり肌寒い。だけど、あの人を見ているだけでそんな寒さも吹っ飛ぶ。それほどの思いなんだ、と思う。まだ、恋だの愛だの根っこの部分まではわからないけれど、あの人を好きだという気持ちは誰にも負けない。そう思えてしまう自分が恥ずかしいけど。でも、ホントに負けない。
だから今日こそは。

「丸井先輩って黙ってれば、モテそうな顔してんスけどね〜」

部活の休憩中。ベンチに腰掛けている仁王先輩の隣に自分も腰掛けて、話を切り出した。始まる会話はいつもの、しかし負けられない戦争。

「そうやねぇ」
仁王先輩は戦争の始まりを了承したように、尻尾髪を指に巻き付けてくるくると弄りながら頷く。

(絶対に負けねぇ。負けたくねぇ。)

仁王先輩は余裕で自分が勝つと思ってんだろうけどさ。でも、そうはいかないよ、仁王先輩。
「やっぱ仁王先輩もそう思います!?」
「あぁ。でも、あいつは暴言吐きやからのぅ」
まぁ、確かに丸井先輩はわかめだとかチン毛だとか言って、カチンとくるときもあるにはある。(気にしてんのに…)
「そうなんスよね〜、暴言も大概にしてほしいっスよー」
それでも、コートの中で鮮やかに技を決めた後誇らしそうな顔をして、無邪気に笑う丸井先輩を見てしまえば、好きだ、という気持ちが溢れてくる。
「授業中とか居眠りしてくれとると平和やしな」
「あー、席、隣ですもんねぇ。色々大変そう…」
あ、今、何で隣の席だってこと知ってるんだって顔したな。甘いよ仁王先輩、席替え当日にリサーチ済みっスよ。隣だってわかったときの絶望ったらなかったけど。
「ま、ブン太の我儘にも慣れたけどな」
「へぇ、慣れた…ねぇ。」
言ってくれるぜ、この野郎。どーせ、俺は我儘に慣れるほど丸井先輩と一緒にいれませんよーだ。
でも、俺は俺なりのやり方がある。
「そういえば、丸井先輩言ってましたよ」
「なんて?」
「仁王が最近おかしいって」
「おかしい?」
「そうっス。何したんスか?」
丸井先輩がそう言っていたのは本当だ。おとといの部活の休憩中に、丸井先輩にしては結構な真剣さで「赤也」って呼ばれて、何だろうとドキドキしていたら仁王先輩の話だった。
でも、内容は「仁王がおかしい」というものだった。俺には仁王先輩の何がおかしいのか何となくわかっていたけれども、丸井先輩はまだ何となくわかっていなかったようで、どちらにしても心配かけていることは確かだ。
「あんまり、心配かけないようにしたらどうです?」
「ほぅ。ブン太が俺の心配ねぇ、嬉しいのぅ」
「なっ…!」
「まぁ、怒りなさんな。不謹慎かもしれんが、心配してくれとるなんて嬉しいやないの。なぁ?」
「…まぁ。」
んだよ、ちくしょう。丸く治め込まれちまった。
「と、とにかく!心配はかけないようにした方がいいっスよ!」
「うん、そうやね」
軽く微笑んでいて、言葉には真実みがない。絶対にそうだとは思ってないことがよく分かる。

「…まあ、丸井先輩ってあれっスよね!あれあれ…何だっけ、」
「ん?」
「んーと…、あ!綺麗なバラには棘があるってやつ!」
負けそうな流れを自分の方へ戻すべく、前々から思っていたことを言ってみる。

初めてこの言葉を知ったとき、すぐにピンと来て、まるで丸井先輩のためにあるような言葉だと思った。
見てるだけにしておけばいいのに、あまりに綺麗で近づきたくなる。案の定近づけば、棘がささって、痛い。

晴れていた天気が少しどんよりしてきた。風も先程より強くなって、本格的に戦いが始まるような、そんな天気。

「綺麗な薔薇には棘がある…か、確かにそうかもしれんのぅ」
感心したように仁王先輩は頷いて、俺と同じようにコートの中にいる丸井先輩を見つめた。見つめる瞳は普段の仁王先輩だとは思えない程に柔らかくて優しい。

仁王先輩の「おかしい」部分。
…やばい、作戦変更だ。

「でしょー?…しかも棘がいっぱい付いてて近寄れないくらい、触ったら痛いバラ」
やっぱり勝負は先手必勝。仁王先輩が仕掛けてきても上手く躱せる気がしない。なら、先に仕掛けてやろうじゃねぇの。
「触ったら痛い薔薇…?」「うん」
触ったら痛いんだ。
心が。

だから、

「だから、絶対に触らないほうがいいっスよ。大怪我、しますから」
「………。」
仁王先輩が恬然を装った顔で俺を見る。それから視線をコートに戻した。長く(って言っても多分5秒くらいだけど)沈黙が続いて、思った。仁王先輩は返す言葉がないんだって。
だったらお前も近づかないほうがいい、とか俺は平気だとか、そんな風に返されたときの言葉は用意してある。
今日こそは俺の勝ち、か。


「でも、棘があるからこそ綺麗だと思わん?」
「…え、」

とげが、あるから…?

「棘があるから、綺麗なんよ」
「……、」
言外に「ブン太は」と匂わせて、愛しそうに丸井先輩を見つめる。
…、何だよそれ。棘があるから綺麗だなんて聞いたことねぇ。
仁王先輩の表情にも発言にも動揺している。落ち着け、俺、まだ勝てる。何か言わないと…。そう思うのに、仁王先輩の余裕めいた笑みが俺からさらに落ち着きを奪っていく。金縛りにあったみたいに動けない。

動揺を見透かす琥珀色の瞳がむかつく。
俺には無いものを持っているところがむかつく。
でも、一番むかつくのは、

「まだまだやの、赤也」

そんな仁王先輩を羨ましいと思ってしまう自分。



「……………ちっくしょう。」
あーあ、今日も俺の負け。
ベンチから去っていく仁王先輩の背中を見つめがら、俺はリベンジを誓ったのだった。











帰りのバスを待つベンチ。隣にはブン太。今日もみっちり辺りが暗くなるまで練習をして、少し冷たい風が心地いい。だけど、風の香りが何となく春を含んでいるような気がして、花粉症の季節が来てしまったと気が重くなった。
ちょうどバスが来て、いつも通り一番後ろの広々とした五人掛けの席に二人でちまちまと右によって腰掛けた。

「お前、赤也と何の話してたんだよ」
今日もその席につくと途端に丸井が不満そうに言ってきた。
「なんだ、見てたん?」
「…見てちゃ悪いかよ」
不満そうだった顔が更にぶすくれる。おまけに声も。
可愛い。嬉しい。
俺と赤也が話してたことに対してブン太が妬いている。
「別に悪くないよ。寧ろ、嬉しい」
唇を尖らせて俯いている丸井に言い放つ。
「…っ!…ば、ばっかじゃねぇの!」
可愛い。
一気に顔を真っ赤に染める。あえて例えるなら薔薇のような、紅。目を見開いて思い切り照れたような顔をして、それからそっぽを向いてしまう。そのせいで見えた耳までもが、ご丁寧に真っ赤な薔薇色だった。
「えー、なんでよ?」
「…お前、バカだ。バーカ!」

顔をそらしたままに暴言をはくブン太は可愛い。薔薇でいうなら棘の部分。やっぱりブン太にはこれがなければ。
「ふふっ、やっぱ、棘があるから綺麗なんやね」

ブン太は怪訝そうな顔をして、急に訳のわからないことを言いだした俺をちらりと見る。
「…何の話だよ?」
「ん?…薔薇の話」
「ばら…?」
相変わらず、ブン太は薔薇みたいに赤い顔をしていたけれど、この時のブン太は可愛いよりも綺麗が似合っていた。


「そ、棘がいっぱいあって誰も近付けない俺だけの薔薇」
「…?」


さらに怪訝そうに顔をしかめて見つめてくる丸井に、ただ微笑みだけを返して、明日も赤也との勝負に勝とうと誓った。

(絶対に負けんよ。)

そこで自分は何かに執着してこんなに熱くなれる性格だったか、と疑問に思ったけれど、おずおずと手を握ってくるブン太に、赤い薔薇の花言葉を思い出して、しょうがないと思った。




「愛情・情熱・熱烈な恋」
「…は?」



最近の「おかしい」俺にはぴったりな言葉だ。

END





ニオブンが両思いのときの赤也って、仁王のことを羨ましく思いすぎてそうかなーと思ってできたお話。まぁ、ただ単に仁王vs赤也が好きというかなんというか。大分赤也が不利な感じでしたが。
まあ、ブン太にぞっこんな二人は可愛いと思います。仁赤も結構好き。
仁王はブン太の刺々しい部分が好きというマゾなお話でもあります。


2008/03/02 咲良


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