□束の間
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(何してんだ…あいつ)

目の前の義弟・平知盛の行動に将臣は首を傾げた。




さらさら、と紫苑のそれは知盛の指の間を通っていく。

「………」

その感触を楽しみながら知盛は何度も何度もそれ梳く。

少女は未だ眠っていて、知盛にされるがままである。
…と、

「――おい…」


突然、呆れているような、怒っているような声が降ってきた。


「クッ…兄上、か」

「…何してんだよ」

「……神子殿の髪を梳いている」

「それは見りゃわかるが…何でんなことしてるんだ?」

「さて…な」

じっと知盛の視線は少女――望美から動かない。

知盛の穏やかなその瞳は、今まで見たことがなかった。

「知盛…お前…こいつを……」

そこまで言った将臣に知盛は初めて目を合わせた。まるでその先は言わせないとでも言っているように。

「――…、こいつは、連れていかないからな」

「…」

「剣の腕がたったって、平家にだけは連れてかねぇ」

「俺が…この女を平家に連れて行く訳がないだろ…?それを言うならお前こそどうなんだ、有川」

将臣はぐっとこらえるように知盛を見た。
その表情は何とも苦々しい。

「言ったろ。……連れてかねぇ」

「ならば…良いじゃないか」

挑発するような知盛の台詞に将臣は苛立ちを覚えた。

紛らわすようにふいと顔を背ける。

(そうだ。連れて行くことなんて…)

考えなかったと言えば嘘になる。
大事な幼なじみ。
――それ以上に、大事な将臣の想いの在りか。


ちらと知盛を見遣れば、再び望美を愛しげに見つめている。

(コイツも同じ気持ち…なんだろうな)

本人がうやむやにしても、その瞳が雄弁に語っている。

将臣は溜息をつくと、どっかりとその場に腰をおろした。

「…どうした…有川」

「お前が望美に妙なことしねぇか見張りだよ」

「クッ…妙なこと…ねぇ…」

今度は二人揃って望美を見つめる。

熊野で過ごす日々にも、もうすぐ終わりが来るのだろう。

もう今日の夕日は沈みかけている。望美を八葉達の待つ宿に帰さなくてはならない。

けれど、もう少しだけ。


もう少しだけ、この安らかな時間を。



―――きっとすぐ、この身体は血にまみれてしまうから。



END
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(この男の表情の本当の理由なんて、この時には知らなくて。)

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