□きっともっと好きになる
1ページ/1ページ




銀が望美の故郷だというこの世界に来て暫く経つ。
未だに慣れないこともあるが、だいぶこの世界のことは知ることが出来たのではないかと銀自身思う。望美だって銀は飲み込みがはやいよと驚いていたのだ。

望美は新しい世界へとやって来た銀に対してあれやこれやと世話を焼き、心配してくれる。
銀が不自由ないようにとの配慮なのだろう。銀にはそれが申し訳ないともくすぐったいとも感じる。どこであろうと望美さえいればそこは銀の安寧だというのに。


はあ、と息を吐きながら暗い夜道をマンションに向かって歩く。
今日は仕事が遅くなってしまった。愛しいあの方はもう眠ってしまっているだろうか。
マンションまであと約15分程だ。
どうしようかと迷ったが、銀は懐からシルバーのシンプルな携帯を取り出した。。
そしてかちかちと操作をして耳に押し当てる。

呼び出し音が1回、2回……。
5回鳴らして出なかったら切ろうと決めて、銀は待つ。3回、4回…。
そして5回目の音が、終わろうとした刹那。


『―――もしもし銀?』


愛しい声が耳元で自分の名を囁いた。
歓喜する胸。綻ぶ口元をどうすることも出来ないまま銀は「望美」と彼女の名前を呼んだ。


「もうすぐ帰るので連絡をと思って」

『そっか、じゃあ夕飯温めて待ってるね』

「はい。………望美」

『ん?なあに』


優しい声音がもっと欲しくてたまらず、携帯を耳に押し当てる力を強くする。


「望美、望美」

『だから、どうしたの?』

くすくすと困ったように笑いながら続きを催促してくる望美。
たまらなく、いとおしいのだ。


「―――愛しています」


何の躊躇いもなく銀はそう口にする。
銀の本心からの言葉であるし、望美に一番伝えたい言葉だ。
何度も何度も口にしているのに未だに望美は免疫がついていないらしく、「もう…恥ずかしいよ」と拗ねたように呟いた。


「望美、今週の土日は空いているので久々にどこかに出掛けましょうね」

『え、ほんと?やった!』


かと思えば幼子のようにはしゃぐ。
ころころと変わるその変化も銀にとって微笑ましいものだ。

いとしい、愛しい望美。

携帯から漏れてくる息遣いの一つ一つさえ逃したくない。


(はやく、はやく貴女に会いたい。声だけではなく姿が見たい、触れたい)


平泉で郎党として働いていた時にはあんなにも無欲だった自分が、望美と過ごすようになってからすっかり欲深くなってしまった。
己の中の、こんなに深く底知れない感情。
昔の自分であればきっと畏怖したであろうこの感情も、今はこれでいいと思う。

望美と居れば、もっと沢山の感情を知ることになるのだろう。
銀にはそれが楽しみでもあるのだ。





「望美、すぐに帰りますから」

『うん、待ってるね』


その一言を区切りに携帯の終話ボタンを押す。

シルバーの携帯をポケットの中に入れると、銀はとうとう、走り出した。









(今だってこれでもかと言う位、好きだけれど)



END


お題…Largo


 
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ